THIS WEEK「国際」野嶋 剛 2024/01/18
安倍元首相の葬儀に駆けつけた台湾新総統は気の短い庶民派
台湾総統選挙の投開票が1月13日に行われ、民進党候補の頼清徳副総統(64)が国民党候補の侯友宜氏、民衆党候補の柯文哲氏を抑えて勝利を掴んだ。台湾で8年ごとに政権交代が起きるジンクスを打ち破り、直接選挙の総統としては李登輝氏、蔡英文氏らに続く5人目の指導者となる。
頼氏はエリートと庶民派の2つの顔を持つ。台湾大学で学び、米ハーバード大学で公衆衛生の修士号を取り、台湾に戻って政治運動に身を投じた。民進党で早い段階から「未来の総統」と認められ、台南市長を2期務め、行政院長(首相)を歴任。完璧すぎるほどの経歴を誇る。
一方で、炭鉱夫(たんこうふ)だった父親を早くに亡くし、貧困の中で育った。趣味は野球だという。夜の宴会にはあまり顔を出さず、お酒や贅沢な食事も好まない。
筆者も頼氏と一緒に何度か食事をしたことがあるが、イタリア料理を食べながら、シェフに「目玉焼きはないの?」と尋ねたこともあった。
そんな頼氏は、中国にとって最も総統にしたくない人物だった。頼氏は自らを「実務的な台湾独立工作者」と称したこともあり、舌鋒鋭く(ぜっぽうするどく)中国批判を得意としてきた。副総統候補に指命した前駐米代表の蕭美琴氏も、戦狼外交に対抗して「戦猫外交」を展開して米国で台湾ファンを増やし、中国から公式に「頑固な台湾独立分子」と認定されている。
頼氏の「罪状」はそれだけではない。「台湾有事は日本有事」と唱えて中国を激怒させた安倍晋三元首相とも親交があり、安倍氏の葬儀に参列のため日本に駆けつけた。選挙期間中は慎重(しんちょう)な物言いに終始したが、頼氏の側近は「気が短いし、中国は嫌い。(慎重派だった)蔡英文氏とは違った対中姿勢を見せるのではないか」と予想する。
中国当局は頼氏を選んだら戦争になるとばかりの主張を展開し、台湾世論の離反を促した。経済では台湾産品(たいわんさんひん)の輸入関税を引き上げるなど圧力をかけた。そんな努力も虚しく、「独立派」コンビの勝利を許した。
頼氏に悩みがないわけではない。総統選と同日に行われた立法委員選挙(りっぽういいん せんきょ)で、民進党は議席を10以上減らし、過半数を割ってしまった。長期政権への飽きや不満が響いた(ひびいた)形だった。台湾は総統に強い行政権はなく、立法院が予算・法案の審査に強い権限を有する。
かつて同じ民進党の陳水扁総統が少数与党でかなり苦労した。そのためか、当選の夜も表情はどこか固かった。今後、中国や野党からのプレッシャーを跳ね除け(はねのけ)、頼清徳時代をどう作り上げるかが見ものである。