町山智浩の言霊USA 第736回 2024/08/31

Weird(変。気持ち悪い)

 カマラ・ハリスの快進撃が止まらない。

 ハリス副大統領が大統領選に出馬するとなってから、全米で彼女の支持率が伸び続けてトランプを追い抜き、現在は世論調査でも5ポイント前後リードしている。トランプは銃撃された直後に上昇した支持率をあっという間に失ってしまった。

 ただ2016年の選挙でも全米レベルの支持率はヒラリー・クリントンがトランプをずっとリードしていた。だが、本選ではラストベルト(五大湖工業地帯(ごだいここうぎょうちたい))とサンベルト(南部)の接戦州をトランプに取られてまさかの敗北。

 ところが今回、ハリスはラストベルトのミシガン、ウィスコンシン、ペンシルヴェニアでも既にリード。サンベルトのジョージア、アリゾナ、ネヴァダ、ノースカロライナでもぐんぐん差を縮め、勝利の可能性が日々高まっている。

 カマラ・ハリスの勢いを加速させたのは8月6日に副大統領候補に指名されたミネソタ州知事のティム・ウォルズ。インド移民とジャマイカ移民(アフリカ系)の娘であるハリスは、保守的な白人有権者にアピールするためにウォルズを選んだと言われる。

 ティム・ウォルズはアメリカのハートランド(心のふるさと)と呼ばれる中西部の農村部で生まれ育ち、州兵として働きながら大学に通い、高校の教師になってフットボール部のコーチとしてチームを優勝に導いた。ミネソタの下院議員から州知事になり、貧困層の子どもへの福祉を充実(じゅうじつ)させ、マイノリティにも優しい政治で人気を集めた。

「近所でBBQ焼いてそうな普通のオジサン」と呼ばれるティム・ウォルズ、実際、自家製タコス(tacos)のレシピ大会で優勝している。

 ハートランド、軍人、フットボール、BBQ!

 これぞアメリカ! さらに彼が住むミネソタは北欧系移民が多く、ウォルズ自身もスウェーデン系の血を引く。

 彼らは映画『ファーゴ』でも描かれたように、のんびりした独特の訛りで話し、その朴訥さ(ぼくとつさ)は「ミネソタ・ナイス」と呼ばれる。ティム・ウォルズの垢ぬけない(あかぬけない)たたずまいはまさにミネソタ・ナイスそのもの!

 そんなウォルズが副大統領候補に指名された直後の集会でこう叫んだ。

「トランプはウィアードだ!」

 ウィアードWeirdとは「変」「気持ち悪い」という意味。マイケル・ジャクソンのヒット曲「今夜はビート・イット」のパロディ「今夜もイート・イット」を歌っていたアル・ヤンコビックの芸名が「ウィアード・アル・ヤンコビック」だった。

 これに対して、共和党は党を挙げて「人をウィアードと呼ぶな! ここは学校じゃない!」と反論した。というのも学校でオタクっぽい子どもをイジメる時に使われる言葉が「ウィアード」だからだ。

 トランプは78歳のイジメっ子で、人にあだ名をつけるのが得意だ。「オバマはアメリカ生まれじゃないから大統領の資格がない」というデマに基づいて「チーティン・オバマ」と呼んだ。チーティンCheatin'は「ズルい」の意味。ヒラリー・クリントンを「クルックド Crooked (いかさま)・ヒラリー」と呼び、ジョー・バイデンを「スリーピー(眠たい)・ジョー」と呼んだ。

 カマラ・ハリスの特徴ある笑い方を揶揄して「クレイジー・カマラ」と呼び、彼女が黒人(ブラック)であることを揶揄して「カマブラ」と呼んだ。

 そんなイジメっ子トランプを、ティム・ウォルズはあえて「ウィアード」と呼んだ。ファシストとかレイピストとか呼ばれても動じなかったトランプだが今回はかなり傷ついたらしく「人をウィアードと呼ぶほうがウィアードだ!」と大騒ぎ。子どもか!

トランプを「過大評価」?

 ティム・ウォルズは「ウィアード」という子どもっぽい言葉を使った理由をCNNでこう語った。

「確かにトランプは女性の体を危険にさらし、投票権を終わらせる可能性があります」

 トランプは次に大統領になったら全米規模での中絶禁止や、選挙制度の廃止を匂わせている。たとえば彼は支持者に対して「今回投票したら後はもう投票する必要はない」と語った。自分は終身大統領になるから、という意味らしい。

「でも、それでトランプを恐れるのは、彼の存在の過大評価だと思うんです」ティム・ウォルズは言う。

「だから、トランプのことは、ただウィアード(変)と呼びましょうよ。実際、変なんですから。選挙演説で『羊たちの沈黙』の人食いレクター博士は『素晴らしい男だ』と語ったり、突然サメの話をしたり」

 トランプはラスベガスでの演説でバイデン大統領が推し進める自動車や船の電動化を批判しているうちにこんなことを言い出した。

「電動ボートは浸水したときに、バッテリーが水につかって感電する恐れがあるぞ。海に飛び込めばいいと言っても、すぐそこにサメがいる。感電するかサメか? 私は感電するほうを選ぶね! だってサメが嫌いだから! だから電動ボートはやめるべきだ!」

 どうして「だから」なのか全然わからない!

 まあ、自分も齢だから、自分で言ってることわからなくなること多いけど、いやもうほんと、9月10日のカマラ・ハリスとのテレビ討論が楽しみすぎる。