町山智浩の言霊USA 第734回 2024/08/10

Cat lady(猫おばさん)

 バイデンがついに降りた。再選はあきらめて、大統領の執務に専念し、次期大統領候補にカマラ・ハリス副大統領(59歳)を推薦すると言って。

 これでDembargoが解除された。Democrats(民主党員)とEmbargo(輸出禁止令)の合成語で、ジョージ・クルーニーやアビゲイル・ディズニー(ウォルト・ディズニーの兄の孫)など民主党の大口寄付者たちは「バイデンが降りるまで民主党に寄付しない」と宣言してプレッシャーをかけていた。

 水門が開いたようにカマラ・ハリス候補に寄付が流れ込み、バイデン降板から24時間で8100万ドルの寄付が集まった。そして、さっそく共和党のカマラ・ハリス叩きが始まった。

「カマラは100%、DEIで選ばれただけだ」

 共和党の下院議員、ティム・バーチェット(テネシー州)やハリエット・ヘイグマン(ワイオミング州)は言った。DEIはDiversity, Equity, Inclusion(多様性、公平性、包括性)の略で、要するにカマラ・ハリスがジャマイカ系アフリカ人の父とインド系の母を持つ女性だから優遇されて今の地位にあるだけで実力はないと言っているのだ。

 彼らはハリス副大統領が、カリフォルニア州の地方検事、司法長官として働いてきた実績を知らないのか?

「あなたがたは、白人男性以外にはみんなDEIって言うんでしょ?」と皮肉ったのはリサ・マーカウスキー上院議員(アラスカ州)。共和党でまともなのは彼女くらいだ。

 共和党は今までカマラ・ハリスのことを「いつも怒ってる」「攻撃的だ」と批判してきた。ヒラリー・クリントンにもミッシェル・オバマにもAOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)にもそう言った。つまり女性が声を上げると「攻撃的だ」「怒ってる」と非難する。男には決して言わない。

 トランプのほうがよほど攻撃的だ。彼は集会で「私は彼女を笑うカマラと呼ぶよ」と演説した。「彼女が笑うのを見たかい? クレイジーだ。笑いにはその人の性格が出る。彼女は狂ってる。狂人だ」

 怒ってもダメ、笑ってもダメ。能面でもかぶってろってのかね? カマラ・ハリス批判は政策じゃなくて、出自や態度のことばかり。蓮舫さん叩きとまったく同じで、アメリカも日本もどうしようもない。

 トランプの副大統領候補J・D・ヴァンスはカマラ・ハリスを「キャット・レディ(沢山の猫を飼っている一人暮らしの高齢女性)」と呼んだ。

 ヴァンスは上院議員選に出馬した2021年、FOXニュースに出演して、民主党のカマラ・ハリス副大統領、ピート・ブティジェッジ運輸長官、AOC下院議員をキャット・レディ呼ばわりして、「民主党は子どものいない惨めな人々にコントロールされているから、国の将来に責任感がない」と非難した。

 カマラ・ハリスに子どもはいる。2014年、ダグラス・エムホフと結婚した。エムホフの連れ子、長男コールは19歳、長女エラは15歳だった。カマラは継母として二人を育てた。また、ブティジェッジ長官はゲイだが、同性婚して子どももいる。

「私は、投票日までの105日間でトランプ氏を倒します!」

 7月23日、カマラ・ハリスは選挙集会で演説を行った。場所はウィスコンシン州ミルウォーキー。2016年の大統領選でヒラリー・クリントンがウィスコンシンやミシガンなど、五大湖地方のラストベルトを軽視してトランプに敗北した失敗をハリスは繰り返さないということだ。

「私はカリフォルニア州の司法長官や法廷検事として働いてきました」ハリスは言った。「女性を凌辱する捕食者、消費者を騙す詐欺師、私利私欲のためにルールを破るペテン師など、あらゆる種類の犯罪者と戦ってきました。だからドナルド・トランプみたいな人間をよく知っています」

 そう、この大統領選は性的暴行で賠償命令を受けた犯罪者トランプと元検事の対決なのだ。

「私は暴動」 「トランプの性的暴行疑惑は事実だと思いますよ」

 J・D・ヴァンスもトランプに寝返る前はそう言っていた。「訴えた女性と、嘘の常習犯のトランプのどちらが信じられますか?」

 ヴァンスの「キャット・レディ発言」は「猫好きにケンカ売ってんのか」と大炎上。トランプはイーロン・マスクに勧められてヴァンスを選んだというが、今は後悔してるかも。

 そのマスクは共和党大会まで自分の所有するX(旧ツイッター)でトランプ万歳投稿を繰り返しており、トランプは「イーロンが選挙資金4500万ドルを寄付してくれるそうだ」と自慢していたが、バイデン撤退の後、マスクは寄付をやめると言い出した。トランプが負けて水の泡になることを恐れたか。そもそもEV(電気自動車)のメイカー「テスラ」のCEOであるマスクにとってはEV化を推進する民主党政権のほうが有利。富裕層への減税を掲げるトランプとどっちに味方しようか難しいところらしい。

 カマラ・ハリスの選挙のキャンペーン・ソングはビヨンセの「フリーダム」になった。ビヨンセも了解済。

「私は自分で鎖を断ち切る/私の自由を地獄で腐らせない/私は走り続ける/だって勝者は決してあきらめないから/私は暴動/あなたの境界を突き破る暴動/私を防弾と呼んで」

 政権を取ったら全米で中絶を禁止にしかねない共和党から女性の権利を守ろうとするハリスの応援歌にふさわしい歌詞だ。

 トランプは選挙ではローリング・ストーンズやヴィレッジ・ピープルの歌を使い続けている。ミュージシャン本人から再三「使うな」と言われているのにね。