町山智浩の言霊USA　第718回　　2024/04/13

Freak Off（常軌を逸脱すること）

　3月25日、ごはんを食べながらテレビを観てたら、SWATチームがどこかの豪邸に突入する映像が流れてきた。迷彩色のヘルメットとボディアーマー（防弾チョッキ）、アサルトライフルの完全武装で装甲トラックやヘリコプターまで動員して、まるで戦争だけど、まあ、アメリカではよくあるニュース。

「国土安全保障省の捜査部が、ロサンジェルスとフロリダのショーン“ディディ”コムズ宅に強制捜査に入りました！」

　国土安全保障省？　ディディ（54歳）はグラミー賞を三度受賞しているラッパーで音楽プロデューサー。彼らになんの関係が？

「国土安全保障省のディディ宅捜索の容疑は、人身売買（じんしんばいばい）です」

　自分がアメリカに移住した1997年、ディディはパフ・ダディというラッパー名で「アイル・ビー・ミッシング・ユー」をリリースしたところだった。ポリスの80年代のヒット曲「見つめていたい」に、ほとんどそのままラップを乗せただけなので、こんなんでいいの？　と思ったがメガヒット。親友の人気ラッパー、ノトーリアス・B.I.G.に「君がいなくなって寂しいよ」と悲しむ歌だったからだ。B.I.G.は何者かに射殺され、今も犯人（はんにん）はわかっていない。

　ディディは、暴力的でダーティなラップ（dirty rapp)全盛の90年代には珍しかったポップ志向で次々と大ヒットを飛ばし、プロデューサーだけでなく、ファッションやウォッカなど、様々なビジネスで成功。フォーブス誌は彼の資産を10億ドルと推定した。

　だが、ディディ帝国は去年の11月から揺らぎ始めた。まず、R＆Bシンガー、キャシー・ヴェンチュラが、ディディを告発した。2005〜06年、当時19歳のキャシーは彼女の所属するレーベル「バッド・ボーイ・レコード」の社長だった30代後半のディディと会い、以後10年にわたって性的に虐待されたという。本当にバッド・ボーイだったのだ。ディディは彼女をコカインやケタミンなどで薬漬けにし、Freak Off（常軌を逸した）と呼んだセックスパーティに参加させた。他の男性とのセックスも強要し、それは国外でも行われたという。それが国境を越えた人身売買にあたり、国土安全保障省の管轄（かんかつ）になる。

　キャシーが逆らうと、ディディは殴ったり拳銃で脅したりした。また、彼女は訴状（そじょう）のなかで、ディディは、年下のラッパー、キッド・カディにバカにされたと思って、彼の車を爆破したと言っている。カディは取材に対して「それは事実」と答えている。誰も乗ってない時、他人に迷惑がかからないよう、私道（しどう）に駐車中を狙ったそうだけど……。

　ディディはすぐにキャシーに和解金（わかいきん）を払って黙らせた（だまらせた）が、それをきっかけに4人の女性たちがディディを麻薬によるレイプや人身売買で告発した。そのなかには被害当時17歳だった女性もいる。

　女性だけじゃない。今年の2月には男性も訴えた。ディディが去年の9月に出したばかりのCD『ザ・ラブ・アルバム　オフ・ザ・グリッド』の音楽プロデューサー、リル・ロッドことロドニー・ジョーンズ・ジュニア（39歳）が3000万ドルの賠償を要求した。73ページに及ぶ訴状によると、ディディは麻薬を盛り、性器をやたらと触り（さわり）、目の前で他の男性とセックスさせて、「Grooming（調教）」しようとしたという。

「調教」と聞いてゾッとするのは、ディディが昔から若い男の子を自宅に住まわせるのが好きだったから。たとえばアッシャー。今年のスーパーボウルのハーフタイムショーも務めた45歳のスター・シンガーは13歳の頃、プロデューサーだったディディの家に預けられていた。アッシャーは2004年、『ローリングストーン』誌のインタビューで当時を回想している。

「いつも女の子だらけでした。部屋のドアを開けると誰かがセックスしていたり、乱交してるのも見ました。何が起こっているのか全然わかりませんでした」

ディディはどこ？

　その「ディディ・キャンプ」に自分の子どもを預けたいかと尋ねられたアッシャーは「絶対ダメ！」と答えている。

　その家にディディが当時15歳のジャスティン・ビーバーを泊まらせた時のビデオも発掘された。「これから僕らは48時間、一緒に過ごすんだ。クレイジーだぜ！」。ビーバー大丈夫だった？

　ディディに「調教（ちょうきょう）」されそうになったというリル・ロッドの訴えは事態をさらにややこしくしている。彼によると「ディディは3人の女性をセックスワーカーとして雇っていると自慢した」というのだが、その一人としてダフネ・ジョイというモデルの名を挙げている。ダフネは、ディディと犬猿の仲（けんえんのなか）のラッパー、50セントの元恋人だったのだ。彼女は50セントの息子の母親でもある（いわゆるベイビー・ママ）。

　50セントはディディとBeef（ディス）し合っているが、このニュースに対してSNSに「ダフネがセックスワーカーとは初耳だね」と書き込んだ。「可愛いセックスワーカーだよ。まるで映画だな」

　ほんとまるで映画。ディディの弁護士はどの訴えに対しても否定している。

　でも、肝心のディディはどこ？　ロサンジェルスとフロリダ、どっちの自宅にも彼は不在。

　自宅急襲の直後、ディディの自家用ジェット機がフロリダから離陸してカリブ海の島国アンティグアに着陸したが、彼はそのジェットに乗っていなかった。

　強制捜査から7日目の3月31日、ディディがインスタグラムを更新！　事件について何も言及がなく、幼い娘の写真に「ハッピー・イースター」とだけ添えられていた。ということでディディ今も行方不明。まったくもって「ミッシング・ユー」だよ！

![ディディことショーン・コムズ元恋人のキャシー[(../images/ディディことショーン・コムズ元恋人のキャシー.png)

ショーン・コムズ（Sean Combs, 本名: Sean John Combs, 1969年11月4日 - ）、別名 ショーン・パフィ・コムズ（Sean Puffy Combs）、パフ・ダディ（Puff Daddy）、P・ディディ（P. Diddy）、ディディ（Diddy）は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市のハーレム地区出身の音楽プロデューサー、作詞家、アレンジャー、ファッションデザイナー、俳優、MC。バッド・ボーイ・エンターテインメント(Bad Boy Entertainment)の最高経営責任者、映画プロダクション、レストランのチェーン、ファッションブランド「ショーン・ジョン」(Sean John)など経営者としても多岐にわたる活躍をみせる。フォーブスの「アメリカで最も裕福なセレブリティ」8位の、アフロアメリカンの音楽家の中でも、特に成功したエンターテイナーの一人である。

キャシー（Cassie, 1986年8月26日 - ）は、アメリカ合衆国出身のR&B歌手で元ファッションモデルでもある。本名カサンドラ・ヴェンチュラ（Casandra Ventura）。