町山智浩の言霊USA 第754回 2025/01/18
DOGE(政府効率化省)
正月早々、インフルエンザにかかって熱にうかされながら床の中で原稿書いてますが、DOGE(ドージ)のニュースを観て、頭がもう沸騰しそう。
DOGEは政府効率化省Department of Government Efficiencyの略称。トランプ次期大統領がイーロン・マスクとヴィヴェク・ラマスワミという2人の大富豪に連邦政府の無駄を削減させるチームの名前。つまり、政府の役職経験も無いし議会の承認も受けてない「ただの実業家」コンビに米国民3億人に奉仕する連邦職員300万人の去就(きょしゅう)を委ねるというふざけた事態になっている。
DOGEが削減しようとしている政府機関がまたふざけている。まず第一の標的はIRS、国税庁なのだ。
イーロン・マスクは自分が所有するX(旧ツイッター)で、国税庁の予算をどうすべきかアンケートを取った。選択肢は「増やす」「そのまま」「減らす」、それに「消去」。つまり国税庁そのものを消去すると! ところが最も多い12万人が選んだのは「消去」だった。こんな雑なアンケートで国家の運命を決める気かよ!
もちろん大金持ち(おおかねもち)のイーロン・マスクとしては国税庁が無くなれば税金を取られないで万々歳だろうが、現在、国税庁が徴収している税金は約5兆ドル、連邦の歳出は約7兆ドル。国税庁なしでやっていけると思ってるのかね。バカらしい。
次にDOGEが撤廃しようとしているのはFRB(連邦準備制度理事会)、アメリカの経済政策を決定する理事会で、日本でいえば日銀だ。
イーロンは昨年11月、「このFRBをマジック8ボールに置き換えよう」と投稿した。マジック8ボールとは占いのオモチャで、たとえば「そろそろ金利を上げたほうがいいかな?」と問いかけながらボールをシェイクして覗くと「今こそ行け!」とか「待て、やめとけ」とかの答えが出る。そんな「おみくじ」に経済をまかせるの?
その他にもDOGEは、郵政公社の民営化、国防費や海外への人道支援などのためのさまざまな補助金の削減、それにDEI(多様性、公平性、包括性)予算の撤廃を挙げている。つまり、マイノリティ(少数民族、障がい者、LGBTQ)への理解を深める教育や、雇用などの平等を支援するのをやめる、ということ。ラマスワミはインド移民二世、イーロンは南アフリカ移民だからマイノリティのはずなんだけどね(イーロンにはトランスジェンダーの子どももいるし)。
そんなに切り詰めてイーロンとラマスワミは何がしたいのか? 彼らの目的は「小さな政府」の実現だという……今さらなんでそんな時代遅れの政策を?
1980年代、レーガン政権は「小さな政府」を掲げて富裕層(ふゆうそう) への減税、福祉の削減、公共サービスの民営化、公務員削減、金融などの規制緩和を進めた。結果、金持ちは急激にもっと金持ちになり、庶民はもっと貧乏になっただけだった。
イーロンやラマスワミなど、ITエリートのトランプ・サポーターはテック・ライト(IT右派)と呼ばれる。彼らはトランプを大統領にして政権の中枢に入り込んで、たとえば無人タクシーやら火星ロケットやらの開発を好き勝手にやるため、莫大な資産(イーロンは2億8000万ドル!)を選挙に投じた。彼らはSNSやテレビCMで「移民があなたの仕事を奪う」「移民がアメリカ人を殺す」などと恐怖を煽った。それを信じた人々はトランプを勝たせた。でも、イーロンは彼らを裏切り始めた。
イーロンはトランプを説得して、自分の盟友であるインド出身のベンチャー投資家、スリラム・クリシュナンをAI(人工知能)政策の顧問に指名させた。そのクリシュナンはイーロンに向けてグリーンカード(永住許可証)の国別発行数の上限を撤廃するよう投稿した。
MAGAシビル・ウォー勃発
これが移民排除を求めるトランプのコアな支持者たちを怒らせた。
トランプに「移民が犬や猫を食べている」とデマを吹き込んだ極右(きょくう)活動家のローラ・ルーマーは「トランプの政策と正反対よ!」と叫び、第一期トランプ政権の首席戦略官だったスティーヴン・バノンは「テック・エリートたちの詐欺だ」と噛みついた。
現在、アメリカのITや金融の業界はインドや中国からの高学歴技術者なしでは動かなくなっている。たとえばインド人技術者に対して発行される就労ビザは毎年30万前後だ。そこからグリーンカードを取得し、経営陣になっていくインド系も多く、フォーチュン500、いわゆる全米トップ企業500社のCEOの1割がインド系だ。
イーロンはテック・ワーカーの移民を支持して、「チームを優勝させたいなら、どこの国出身だろうとトップクラスの人材を集める必要がある」と投稿した。これに対してトランプ支持者は「インド人よりアメリカ人を雇え」と言う。だが、トランプに投票した人の過半数は高卒以下なのだ。かつてトランプは「私は教育水準が低い人たちが大好きだ」と演説したが(2016年2月ネヴァダ)、票田(ひょうでん)としてしか見てなかったわけだ。
「MAGAシビル・ウォー(トランプ派内戦)」と呼ばれたイーロンと移民排斥派のネットバトルは年をまたいで続き、1月1日、ラスヴェガスのトランプ・タワーの入り口に停車していたテスラのサイバートラックが爆発した。火薬によるもので、運転席にいた陸軍兵士は爆発の直前に拳銃で自殺していた。
彼も熱烈なトランプ支持者だった。今までトランプを暗殺しようとした犯人たちと同じく。騙されたことに気づいたのかな?