町山智浩の言霊USA 第747回 2024/11/23
Bro Vote(男投票)
大統領選投票日9日前、ドナルド・トランプとカマラ・ハリスの支持率は5分5分だった。しかし、その日、マジソン・スクエア・ガーデンで開かれたトランプ支持集会は彼にとって命とりとなった。
トニー・ヒンチクリフというコメディアンが「プエルトリコは海に浮かぶゴミ」と罵ったのだ。これでトランプは全米600万人のプエルトリコ系、いや、6400万人のラティーノたちの票を失うと思われた。
それに投票日(とうひょうび)3日前、国民的バラエティ番組『サタデーナイト・ライブ』にカマラ・ハリスが生出演し、ハリスに扮したコメディアン、マヤ・ルドルフと共に「このカオスを終わらせて、次のステップに進みましょう」と言った。500万人の視聴者にハリスへの投票を呼び掛けたのだ。
「My Body, My Choice(私の体のことは私が決める)」と、全米で広がる中絶禁止への反対を訴えたカマラ・ハリスの集会には女性たちが集まった。レディー・ガガやケイティ・ペリーが出演し、ビヨンセやテイラー・スウィフト、スカーレット・ヨハンソンら『アベンジャーズ』のメンバーもハリス支持を表明した。
ところが結果は接戦どころかトランプの圧勝に終わった。たしかにハリスは圧倒的な女性票を勝ち取った。だが、それを上回る数の男性がトランプに投票した。トランプが票を失ったはずのラテン系も男性の過半数はトランプに投票した。ハリスと同じアフリカ系も男性の2割はトランプに投票した。アメリカは人種ではなく男と女で分断されていたのだ。
また、Z世代(18〜27歳)も今までは民主党支持が多かったが、今回、男性票がトランプに集まった。彼らは固定電話を持たないので世論調査に引っかかりにくかった。「隠れトランプ」は彼らだった。
トランプ勝利の後、トランプ陣営が20代男子を取り込んだ戦略が明らかになった。それが実に面白い。
今年の夏、トランプ陣営の最高顧問スージー・ワイルズは、2022年に発売された『ソーシャル・メディア戦争に勝つ/保守が潮目を変える方法』という本を読んだ。著者のアレックス・ブルーゼヴィッツは当時まだ23歳で、「共和党は政治に関心がないネット世代の男子の票を掘り起こすべき」と主張していた。
ワイルズはさっそく彼を呼んで取り込むべきネット・インフルエンサーのリストが作られた。
そのリストを見ても今年78歳のトランプにはピンとこなかったが、ブルーゼヴィッツは「息子さんに相談してみて」と言った。その通りにすると、普段、暗い目でゲームばかりしている18歳のバロンは急に眼を輝かせた。「僕はアディン・ロスのファンなんだ! まず彼に会ってみて!」
アディン・ロス(24歳)は14歳の頃から「グランド・セフト・オート(街中で警官を殺しまくれるゲーム)」のプレイを生配信して人気者になったが、配信中に同性愛者を罵倒して何度もアカウントを凍結されているような人物だが……。
トランプはABCテレビの討論会で「移民が犬猫を食べている!」などと発言してカマラ・ハリスに惨敗(ざんぱい)した後だった。テレビ討論会の視聴者数は6700万。これに対してアディン・ロスのフォロワー数は702万。でも、今の若者はテレビなんて観ない。持ってもいない。ネットしか観ない。トランプはテレビは全部断って、息子がすすめる人気インフルエンサーたちの配信に次々と出演した。
まず、トランスジェンダーや移民をからかうイタズラのインスタで人気を集めたNELKボーイズ(チャンネル登録者数825万人)。NELKボーイズはトランプの自家用ジャンボジェット機に乗せてもらい、トランプと一緒に「YMCA」を踊った。動画の視聴回数は500万を超えた。
富士山麓(ふじさんろく)の樹海(じゅかい)で死体を発見する様子を配信した元祖迷惑系YouTuberのローガン・ポール(29歳・チャンネル登録者数2360万人)の配信にも出演した。ローガンはトランプと同じくWWEのリングにも上がったプロレスラーでもある。
「俺たちの仲間だ」
トランプは総合格闘技UFCやカーレース、フットボールなど、男の子に人気のあるスポーツ会場にも現れた。何もしないで、ただ、そこにいるだけでよかった。男の子たちはそれで「トランプは俺たちの仲間だ」と思うから。トランプとBro(兄弟)になったインフルエンサーたちはファンに「投票に行こうぜ、Bro!」と呼びかけた。
彼らのネット・コミュニティは「マノスフィア(男性圏)」と呼ばれる。彼らは配信でカウチに座ってビールを飲みながら女性をWhore(売女(ばいじょ))とかBitch(めすいぬ)とかCunt(女性器の蔑称(べっしょう))と呼んで笑う。今回の選挙中、トランプとその仲間もカマラ・ハリスをWhoreとかBitchと呼んだ。イーロン・マスクはトランプ支援のテレビCMでカマラ・ハリスをCワード(Cunt)と呼んだ。
トランプはポルノ女優やプレイメイトと不倫し、何十人もの女性たちからセクハラとレイプを訴えられ、うち1件は民事で性的暴行の事実が認められた。でも、女性嫌悪に満ちたマノスフィアではそれは勲章だ。
カニエ・ウェストがトランプに紹介したニック・フエンテス(26歳)も反フェミニズムYouTuberで、トランプ当選を勝ち誇って「Your body, my choice. Forever」とXに投稿した。これで永遠に女性の体をどうするか決めるのは俺たち男さ、という意味で。
こんな連中の勝利への抗議として、多くの女性たちが「4B運動」を呼びかけている。男とのデート、セックス、結婚、出産をボイコットする運動。男と女の間の川はますます暗くて深くなるばかりだ。