町山智浩の言霊USA 第739回 2024/09/21
“I fully endorse President Trump”(私は全面的にトランプ大統領を支持する)byイーロン・マスク
「カマラ・ハリスは大統領就任初日、共産主義の独裁者になると宣誓(せんせい)する!」
そんなX(旧ツイッター)の投稿に添えられたのはハリス副大統領が鎌とハンマー、つまり旧ソ連のシンボルをつけた真っ赤な軍服を着た姿。もちろんAIに作らせたフェイク画像(がぞう)だ。ちなみにハリスは民主党内では右派として知られているから、こんなの見て信じるのはバカだけ。
普通のSNSなら運営がデマとして削除するような与太(よた、rubbish) だが、これ、投稿したのが運営者自身、つまりイーロン・マスクだから困ってしまう。
イーロン・マスクは2022年にツイッターを440億ドルで買収して「X(エックス)」と改名。最初にやったのは、差別的な投稿やデマをチェックするスタッフを中心に全社員の75%を解雇すること。それにトランプのアカウントの凍結を解除することだった。2020年の大統領選挙は不正だとデマをまき散らし、議事堂襲撃のような暴力行為を扇動しかねないと運営から凍結されていたのだ。
そして今年、7月にトランプが銃撃されると1億9000万人のフォロワーに向かって「私は全面的にトランプ大統領を支持する」と投稿した。「前大統領」ではなく「大統領」と呼ぶことで「今も本当の大統領は俺だ」というトランプのデマに加担する形になった。
トランプも喜んでイーロンと対談し、「君はストライキをした社員をクビにした? 素晴らしい」と絶賛。「そりゃ労働法違反だ!」と全米自動車労働組合が2人を告発した。
するとトランプは自分が大統領になったらイーロン・マスクを「政府効率化委員会」の委員長に任命すると宣言した。つまり連邦政府の人員削減をイーロンに任せると。そりゃ、いちばんヤバい人選だよ!
イーロンがここまで選挙に介入しているのは、世界各国のリベラルな政権が右派のデマを拡散するSNSを規制し始めたからだ。
ブラジルでは、2022年の大統領選で左派のルラ元大統領が右派ポピュリストの大統領ボルソナロを破って返り咲いた。ところが、「ブラジルのトランプ」ことボルソナロと彼の支持者はトランプのマネをして「不正選挙だ」とSNSでデマを飛ばし、その後も暴動を繰り返した。そこで今年4月、ブラジルの最高裁はXにフェイクニュースやヘイトスピーチを投稿するアカウントの停止を求めた。しかしイーロンは裁判所命令を拒否し、法廷にも出なかったので、裁判所命令によりXそのものがブラジルで停止された。
イギリスでは、7月末に起こった少女惨殺(ざんさつ)事件の犯人をイスラム教徒の不法移民だとするデマがSNSで拡散され、全土で大暴動になった。7月初めの選挙で保守党政権を破った労働党政府は、すぐにデマを拡散したユーザーを次々に逮捕した。たとえばXで暴動を煽る投稿が170万回も閲覧されたウェイン・オロークは禁錮3年の実刑判決を受けた。
差別的な投稿が増えたのはイーロンに責任がある。投稿が沢山閲覧されると報酬が得られるシステムにしたからだ。たとえばオロークは毎月、Xで約1400ポンド(約26万円)稼いでいた。
フランスでは、8月末、テレグラムというSNSのCEOパーヴェル・ドゥーロフが逮捕された。テレグラムはXみたいなものだが、まったく規制なしのやりたい放題なので、デマ、差別、児童ポルノ、ドラッグ売買、マネーロンダリングの温床になっていた。
ドゥーロフ逮捕についてイーロンは「言論の自由の侵害だ」と叫んでいるが、ヘイトスピーチやデマには言論の自由はないということがわかってない。なにしろ、イーロン自身が差別やデマを拡散しているから。
ご都合主義の「言論の自由」
たとえばイーロンは9月2日にXで「女性と男性ホルモンが足りない男は自由意志が弱いから政治家に向かない」という差別的な投稿を拡散。9月5日にはアメリカ先住民を攻撃する白人至上主義的な映像を拡散。
イーロンの「言論の自由」はご都合主義だ。だって彼は、今年2月、インドのモディ首相の要求で政権の農業政策を批判する数百のアカウントを停止したから。モディ首相はヒンズー教徒至上主義をとる右派ポピュリストでトランプと親しい。
ここまでXが偏向すると大企業はさすがにイメージダウンを恐れてXと距離を置こうとする。調査会社カンターのリサーチによれば26%の企業がXへの広告を削減する方向だという。Xの企業価値はイーロンの買収以来55%も下がった。
イーロンが恐れたようにアメリカ政府も動き出した。9月4日、アメリカ司法省は1000万ドルの資金をコンテンツ制作会社テネット・メディアに密かに供給していたとして、ロシア国営メディアの社員を起訴した。ロシア政府は選挙でトランプを勝たせるため、テネット社に右派インフルエンサーを雇わせて民主党批判の動画を作り、ネットに流していたという。起訴状によれば、その報酬は月40万ドル! 彼らは3人で合計600万人以上のXのフォロワーを持ち、X上で頻繁にイーロン・マスクとやりとりしていた。
イーロンとロシアの関係も疑われている。2022年、ウクライナ軍がロシア艦隊に奇襲攻撃をかけた際、イーロンは自分が所有する衛星通信網スターリンクを遮断してウクライナ軍を妨害した。それについてロシアのプーチン大統領は「イーロン・マスクは賢い男だ」と絶賛している。
さあ、そろそろイーロンも年貢(ねんぐ)の納め時か?