町山智浩の言霊USA 第725回 2024/06/08

The Strawberry Statement(いちご白書)

 いつか君と行った映画がまた来る

 授業を抜け出して二人で出かけた

 1975年の大ヒット曲(だいひっときょく)「『いちご白書』をもう一度」は、シンガーソングライターの荒井由実(現・松任谷由実(まつとうや ゆみ))がフォーク・デュオ「バンバン」のために作詞作曲したもので、1970年のアメリカ映画『いちご白書』について歌っている。

『いちご白書』は同名のノンフィクションの映画化。著者は当時19歳の学生ジェームズ・サイモン・クネン。彼は1968年、ニューヨークのコロンビア大学の学生で、ベトナム戦争反対運動に参加した体験を「ぼく」(邦訳(ほうやく)の一人称で書いた。

「ベトナム戦争反対」と簡単に書いたが、具体的にはベトナム戦争を推し進めたアメリカ国防総省系(こくぼうそうしょうけい)のシンクタンクIDAに大学が密かに研究協力していたことへの反対運動、つまり自分らが学費を払っている大学の運営に対する抗議だった。

『いちご白書』というタイトルは、コロンビア大学の副学部長ハーバート・ディーンが学生新聞のインタビューで言った言葉からきている。ディーンは「学生や教員の意見で大学は動かない。私立大学経営は民主主義ではない」と語った。「学生が何かの問題に賛成か反対かは、私にとっては、彼らがいちごが好きかどうかと同じくらいどうでもいい」

 クネンたち学生は講堂ハミルトン・ホールに集まり、ジョン・レノンとヨーコの「平和を我等に」を合唱し、平和的に抗議していたが、大学側が武装警察を導入して阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄と化した。

 映画『いちご白書』は、主人公の学生が警官隊の警棒で滅多打ちにされるストップモーションにジョニ・ミッチェル作詞作曲の「サークル・ゲーム」が流れて終わる。

 私たちは囚われている  時のメリーゴーラウンドに  後戻りはできない  ただ振り返るだけ  ぐるぐるぐるぐる回る  サークルゲームだよ

 時はめぐるのか、繰り返すのか。それから半世紀後の今年4月30日、コロンビア大学の学生がハミルトン・ホールの周囲にキャンプしていたが、突入した警官隊に逮捕された。キャンプはコロンビアだけでなく全米の大学に広がっており、逮捕された学生は2000人に及んだ。

 バイデン大統領もトランプも警察の導入を支持した。連邦議会は反イスラエル運動を反ユダヤ主義と議決した。このバカげた決議を主導したのは共和党議員だが、民主党員も少なからず賛成した。

 学生たちのキャンプは、イスラエル軍によるパレスチナ人居住地ガザ地区への攻撃に対する抗議だ。学生たちの具体的な要求は、大学がイスラエルやイスラエルと取引している企業またはファンドへの投資を止めること。

 アメリカの一流私立大学はビジネスとして莫大な投資をしている。そしてファンドの多くはユダヤ系でイスラエルと取引がある、もしくはシオニスト(イスラエル政府支援者)だ。トランプの娘婿のジャレッド・クシュナーもシオニストの投資家だし、そもそもガザを攻撃しているイスラエルのネタニヤフ首相が若い頃はボストンの投資会社で働いていたビジネスマンなのだ。

 名門大学も金の力には逆らえない。ハーヴァード大学ではクローディン・ゲイ学長が辞任を求められた。「反イスラエルは反ユダヤ主義ではないか?」と質問されてイエスと答えなかったからだ。「ゲイ学長降ろし」を指揮したのは、ハーヴァードの大口寄付者でシオニストの投資家ビル・アックマン。アックマンは他のユダヤ系投資家へも寄付の停止を呼びかけた。そのうちの一人レン・ブラバトニック氏は今までハーヴァードに2億7000万ドル以上を寄付している。莫大な寄付を人質に取られたハーヴァードは教員700人の反対署名にもかかわらず、ゲイ学長を辞任させた。

声は聞こえますか?

 それだけじゃない。ハーヴァードは反イスラエル運動に参加した学生13人の卒業を取り消した。やはり教員たちの反対を押し切って。

 そんななか、ニューヨーク・マガジン誌は『いちご白書』の著者クネンにインタビューした。クネンは逮捕された後、コロンビア大学を卒業し、ルポライターとして激戦のベトナム戦争を現地取材。ニューヨーク大学法科大学院を出て公選弁護人となり庶民を救った。

 今年76歳になるクネンは現在の大学生たちのパレスチナ支援運動を支持すると答えた。

「私がベトナム戦争に反対したのは、自分と同じ若者がジャングルで殺すか殺されるかの状況にあることに耐えられなかったからです。今の学生たちも、ガザで子どもたちが何千人も殺されていることに耐えられないから行動しているのです。学生たちの運動が正しいかどうか議論するよりも、ガザで子どもや赤ん坊たちが殺されている事実について議論してほしいです」

 5月23日、ハーヴァード大学の卒業式があった。卒業生を代表して答辞に選ばれたシュルティ・クマールさんは壇上に立つと、真紅のガウンの袖から、予定と違う台本を取り出して読み始めた。

「私は、今日卒業できない13人の同級生たちに感謝の意を述べなければなりません」

 ざわつく会場。

「言論の自由と市民的不服従の権利に対する大学側の不寛容に深く失望しています」クマールさんは大学の理事会役員たちを真っすぐに見つめて言った。「学生たちは声を上げました。教員たちは声を上げました。ハーヴァード大学は、私たちの声が聞こえますか?」

 日本の人たちに彼らの声は聞こえますか?

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イラスト 澤井 健 (まちやまともひろ 1962年生まれ。映画評論家。米カリフォルニア州バークレー在住。BS朝日「町山智浩のアメリカの今を知るTV In Association With CNN」が不定期放送中。当連載2022年夏からの1年分をまとめた単行本『ゾンビ化するアメリカ』(小社刊)が発売中!)