町山智浩の言霊USA 第714回 2024/03/16

Uncommitted(支持したい候補者なし)

 まだ子供で いろんな事が  よく わからないような頃に  教えられた正義のイメージは何なんだ  あと何年経ったら世界は平和に

 近田春夫(ちかだ はるお)さん結成のビブラストーンが1991年に発表した「人間バーベキュー」は、1960年代にベトナム戦争に反対する大人たちを見ていた思い出から始まる。

 テレビで観たニュースのイメージが  よみがえってきた  まだテレビがモノクロだった 夏だった  とにかく自分に関係なかった  だから感情移入できないんだ

 人間バーベキュー

「人間バーベキュー」とは、1963年6月11日、南ベトナムの首都サイゴンで焼身自殺(しょうしんじさつ)した仏教僧、ティック・クァン・ドゥクさんのこと。当時の南ベトナムのゴ・ディン・ディエム(Ngô Ðình Diệm 吳廷琰)大統領はカトリックで、仏教を激しく弾圧していた。ドゥクさんはアメリカ大使館前の路上で座禅を組み、ガソリンをかぶってマッチで火をつけた。彼が炎に包まれる姿はいくつかのカメラで撮影され、世界のニュースや新聞雑誌で取り上げられた。

 この焼身自殺について「また、お坊さんのバーベキュー・ショーがあれば、拍手したいわ」とコメントしたのはマダム・ヌー。彼女は大統領の義妹で、ベトナムのファースト・レディと呼ばれていた。「お坊さんのバーベキュー」という共感性のカケラもない言葉は全世界で顰蹙(ひん-しゅく)を買った。

 ドゥクさんの焼身自殺の目的は反戦ではなかったが、アメリカによるベトナム空爆が激化するにつれ、抗議としての焼身自殺が増えた。1965年には平和運動家のノーマン・モリソン氏が首都ワシントンの国防総省に入り、ベトナム戦争を始めた張本人(ちょうほんにん)である国防長官ロバート・マクナマラのオフィスの階下で焼身自殺した。ベトナムには彼に敬意を表した「モリソン通り」がある。

 この記事を書いていて、1969年に日本でヒットした歌謡曲、新谷のり子(しんたに のりこ)の「フランシーヌの場合」を思い出した。

 フランシーヌの場合はあまりにもおばかさん  フランシーヌの場合はあまりにもさびしい  3月30日の日曜日  パリの朝に燃えたいのち ひとつ

 30歳の女性フランシーヌ・ルコントも焼身自殺した。アフリカのビアフラ戦争への抗議だった。独立したビアフラを仏、中国が、それを弾圧したナイジェリアをソ連、英が支援しての、代理戦争的な側面があった。

ビアフラ-せんそう ―センサウ 【―戦争】1967〜70年のナイジェリアの内戦。部族間対立により東部州のイボ族が「ビアフラ(Biafra)共和国」として独立を宣言。戦闘状態となり,多数の餓死者を出した末,ソ連・イギリスの援助を受けた政府軍によりビアフラは崩壊。

 そして今年、また焼身自殺があった。昨年10月から始まったイスラエル軍によるガザ攻撃に対する抗議だ。亡くなったパレスチナ人は2月までに約3万人。そのうち1万人以上が子どもである。

 2月25日、日曜日午後1時、首都ワシントンのイスラエル大使館の門に、米空軍の制服を着た男性が歩み寄り、路上にスマホを置いて動画の生配信を始めた。

「私の名前はアーロン・ブッシュネル。アメリカ空軍の現役隊員ですが、大量虐殺に加担したくないのです。私はこれから過激な抗議行為を行おうとしています。でも、大したことではありません。植民地支配者の手によってパレスチナの人々が経験し、アメリカ政府が容認している苦しみに比べれば」

 ブッシュネル氏はビンに入ったオイルかアルコールを自分にふりかけ、火をつけた。燃え上がりながら彼は叫んだ。「パレスチナを解放せよ!」

バイデンもトランプもイスラエル支持…

 炎は大使館を警備するシークレット・サービス隊員の消火器で消し止められ、ブッシュネル氏は病院に運ばれたが、同日夜、死亡した。ブッシュネル氏は25歳、空軍のサイバー防衛の専門家で、自分の貯蓄(ちょちく)をパレスチナ児童救済基金に寄付するという遺書を残していた。フェイスブックで、民主党のラシダ・トレイブ下院議員への支持を表明していた。

 ラシダ・トレイブ議員は連邦議会で唯一のパレスチナ系。彼女の選挙区であるミシガン州デトロイトはアメリカで最大のアラブ系コミュニティがある。特にフォードの自動車工場があるデアボーンはリトル・パレスチナと呼ばれるほど、パレスチナ系住民が多い。そこで生まれ育ったトレイブ議員はバイデン大統領にガザ停戦を求め続けてきたが無視された。バイデンも民主党もトランプも共和党もイスラエル支持。どうしたらいい?

「ガザの子ども虐殺を支援するバイデン政権に反対なら『支持者なし』に投票を!」

 2月27日にミシガン州で行われた民主党の大統領予備選で、トレイブ議員はそう呼びかけた。予備選の投票用紙にはUncommitted(支持したい候補者なし)という欄がある。そこにチェックして投票し、バイデンに反対の意思を示そうというのだ。

 結果、「支持者なし」は10万票以上になり、バイデンの得票数は62万票にとどまった。これに対して共和党のトランプの得票数は75万9000票! 本選だったらトランプの圧倒的勝利だ。ミシガンはジョージア、アリゾナ、ペンシルヴェニアなどと並ぶ接戦州で、ここを落とすとバイデンの再選はない。バイデンは勝つためにイスラエル政策を見直さざるを得ないだろう。

 今日もガザでは子どもたちが手や足や親や兄弟姉妹(きょうだいしまい)や命を失っている。でも、日本では国会議員までクルド人やアイヌや在日差別に夢中で、ガザはおろか能登の被災地すら眼中(がんちゅう)にない。

 近田春夫さんは「人間バーベキュー」で歌っていた。「天国と地獄、どっちに行きたい?」

「人間バーベキュー」作詞・作曲:近田春夫

「フランシーヌの場合」作詞:いまいずみあきら 作曲:郷 伍郎