町山智浩の言霊USA 第711回 2024/02/24

Life sucks, and then you die!(この世はクソだ。そう言って、みんな死んでいくのさ)by ヴィンス・マクマホン

 世界最大のプロレス団体、WWEの帝王、ヴィンス・マクマホン(78歳)が性加害で追及されている。

 ヴィンスは1982年に父からアメリカ東北部ローカルのプロレス団体だったWWFを買収し、全世界規模のエンターテインメント企業に成長させた。

 現在、WWEの企業価値はおよそ210億ドル。去年、WWEは総合格闘技団体(総合格闘技だんたい)UFCと合併(がっぺい)してTKOという会社になり、ヴィンスはその取締役に就任。さらにWWEはNetflixと配信契約を結んだが、その額は10年間で50億ドル! ヴィンス自身の純資産は30億ドル前後と推定されている。

 ところが今年1月26日、ヴィンスはそのTKOの取締役を辞任した。理由は、その前日、元WWE従業員のジャネル・グラントさん(現在43歳)がヴィンスとWWEを性的暴行と性的人身売買で告訴したからだという。訴えによれば、2019年、生活に困窮していた彼女を、ヴィンスは金で操り(あやつり)、自分だけでなく、WWEの社員たちとセックスさせ、レスラーへの性接待も命じたという。

 グラントさんは証拠としてヴィンスのこんなEメールを保存している。

「君をどん底(どんぞこ)まで落としたい。『もっと落として』と懇願するところまで」

 プロレス・ファンは複雑な気持ちだろう。なぜなら、ヴィンスはずっと、こんなメールを書きそうな、最低にして最強の悪役としてリングに君臨してきたからだ。

 WWEが社会現象的な人気を集めた1990年代終わり、最大の悪役はオーナーであるヴィンス・マクマホン自身だった。自分の言うことをきかないレスラーをあらゆる汚い手段(自動車ではねる等)で潰す、最悪の経営者だった。彼に逆らったレスラーはストーンコールドことスティーヴ・オースティン。ヴィンスに拳銃を突きつけてオシッコ漏らさせたこともあったが(それ、プロレスか?)、この労働闘争は圧倒的に不利だ。なにしろレフェリーは全員、マクマホンに雇われているから。ヴィンス側のレスラーはどんな反則もやりたい放題。これは理不尽だとレスラーが怒るとヴィンスはこう叫ぶ。

 You're Fired(貴様はクビだ)!

 もちろん全部シナリオに書かれた芝居なのだが、まんざら芝居とも言い切れない。

 1997年11月9日、当時のWWEの大スター、ブレット・ハートがライバル団体WCWに移籍することになった。彼はWWE最後の試合を勝利で飾りたいとヴィンスに頼み、承諾された。WWEのプロレスの勝敗(しょうはい)はこうして事前に決まっている。

 しかし、その日は違った。ブレット・ハートが相手に関節技をかけられると、レフェリーはすぐにハートの負けを宣告した。ギブアップしてないのに!

 ハメやがったな! ハートは芝居でなく本当に怒ってヴィンスに唾(つば)を吐きかけた。ヴィンスの卑劣さの一部始終はテレビでも放送された。

 その悪名をヴィンスは最大限に利用した。自ら悪役レスラーとしてリングに上がったのだ。身長188センチ、体重112キロで筋骨隆々のヴィンスは、普通の人が食らったら即死するだろう危険な技を見事なバンプ(受け身)で受けてみせた。パイプ椅子で殴られて出血するのは当たり前、脚立からのダイビングアタック(長い飛距離で低空を飛行し、敵を跳ね飛ばす)も受けきって、観客のリスペクトを勝ち得た。

 WWEの元女性レフェリーがヴィンスにレイプされたと訴えると、彼はそれさえシナリオに盛り込んだ。権力を使って金髪巨乳(きんぱつきょにゅう)の女子レスラーたちを次々に愛人にして、彼女たちとベロベロのディープキスをするのを妻リンダに見せつけ、飽きると冷たく捨てた。リング上で元愛人にモップを洗ったバケツの汚水(おすい)をかけたこともあった。

 そんな父親に愛娘(まなむすめ)ステファニーもついに立ち向かった。娘の結婚式の前夜に父娘デスマッチ(Death Match)! ヴィンスは容赦なく、鉛のパイプで明日の花嫁を滅多打ちにし、首を締めあげてKO、その勢いで娘のセコンドについた妻リンダにまでボディスラム(body slam)!

トランプ発言の元ネタにも…

 神をも畏れぬ(おそれぬ)ヴィンスは2006年、なんと神とリングで対決(神は見えないのでスポットライトで表現)。しかもヴィンスが勝ってしまった! 自己申告にすぎないが、とにかく社長だから何でも言えるのだ!

 無敵のヴィンスに綻び(ほころび)が見えたのは2022年7月、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、WWEは、ヴィンスが性関係を持ったり、それを強制した女性たちに、過去16年間で1460万ドルを支払ったと認めた。そのなかには、ヴィンスからオーラルセックスを求められて拒否したからクビにされた元女子レスラーに支払う750万ドルが含まれていた。

 2006年1月にフロリダの日焼けサロンで従業員の女性をレイプしようとした事件も掘り起こされた。彼女はその場で警察に通報し、記録が残っている。また、ジャネル・グラントさんの訴状(そじょう)には、ヴィンスが彼女と3P中に彼女の頭に脱糞(だつふん)したとも書かれている……。

 ドナルド・トランプはヴィンスの盟友で、ヴィンスに大きな影響を受け、ヴィンスの決めゼリフ「貴様はクビだ!」を借りて使っていたこともある。トランプも90年代にしたレイプが民事裁判で事実と認められ、500万ドルの賠償(後に8300万ドル加算)の支払い命令を受けた。問題はそれでも今年の大統領選に勝ちそうだってこと。まったく、かつてヴィンスがリングから観客に毒づいたとおりだよ。

 Life sucks, and then you die(この世はクソだ。そう言って、みんな死んでいくのさ)!