池上彰のそこからですか!? 第640回 2024/11/28

ウクライナ情勢新展開

 ウクライナ情勢が急展開を迎えました。アメリカのバイデン大統領が、アメリカ製の長射程(ながしゃてい)ミサイルをロシア領内に向けて使用することを認めたからです。使用が認められたのは「ATACMS」(アタクムス)。11月17日、アメリカのメディアが、バイデン政権がこれまでの方針を転換してATACMSのロシア領内への使用を許可したと報じましたが、その翌々日、ウクライナ陸軍は国境から約100キロ離れたロシア西部(せいぶ))にあるロシア軍の弾薬庫(だんやくこ)に向けて6発(ろっぱつ)を発射したのです。

 弾薬庫がある場所は、ロシア西部のクルスク州の近くです。クルスク州は、2万人規模のウクライナ軍兵士が進撃した場所です。ウクライナは、ロシア軍の一方的な攻撃を受けてきましたが、ロシア軍の隙を突く形で、逆にロシア領内に攻め込んだのです。クルスク州に攻め込めば、ロシアは焦ってウクライナ東部に攻め込んでいる軍隊を転進させるだろうと考えたと見られています。ところがロシア軍は、ウクライナに攻め込んだ部隊を転進させることはありませんでした。

 では、どうしたのか。当初は貧弱な国境警備隊だけで応戦していましたが、ここへきて北朝鮮軍1万人以上が投入されたと見られます。韓国の国家情報院が20日に韓国の国会に報告したもので、投入された「暴風軍団」と呼ばれる精鋭部隊(せいえいぶたい)がロシア軍の空挺団(くうていだん)(空輸部隊)と海兵隊に配属され、一部はウクライナ軍との戦闘に入った模様です。

 今回ウクライナ軍がミサイルを撃ち込んだ弾薬庫(だんやくこ)は、クルスク州で戦うロシア軍と北朝鮮軍に補給される弾薬の貯蔵施設と見られます。この弾薬庫が破壊されれば、ロシア軍と北朝鮮軍は“弾切れ(だんぎれ)”になる可能性があるというわけです。

 ロシアと北朝鮮は今年6月、包括的(ほうかつてき)戦略パートナーシップ条約を結び、どちらか一方が戦争状態になった場合、軍事的な援助を提供することを約束しました。今回の北朝鮮軍兵士のロシアへの派遣(はけん)は、まさに「ウクライナ軍の侵略を受けたロシアを支援する」という建前で、ロシア領内のクルスク州に展開したのです。派遣された北朝鮮軍の兵士は、多数が死傷したという報道もありますが、いまのところ確認が取れません。「北朝鮮軍が大きな打撃を受ければいいのに」などという願望交じりの報道もあるので、ここは注意しなければなりません。

 こうしてロシアは北朝鮮軍の支援を受けてウクライナ軍の攻撃を食い止めようとしていますが、その一方、ウクライナ軍は東部でロシア軍と戦っていた部隊の一部をロシア領内に攻め込ませたため、東部の守りが手薄になり、ロシア軍の進撃を許してしまっています。

 これはウクライナにとって誤算だったでしょう。ウクライナ軍の劣勢が伝えられるようになりました。

バイデン政権、1月まで支援強化

 バイデン政権は、ウクライナに多数の兵器を供与してきましたが、ウクライナ領内に侵攻してきたロシア軍に対してのみ使用するように求めてきました。もしウクライナ軍がアメリカの兵器を使ってロシアを攻撃すると、ロシアは「アメリカがロシアを攻撃したことに等しい(ひとしい)」と反発し、第三次世界大戦に発展しかねないという懸念があったからです。

 しかし、このままウクライナ軍が敗北するのを座視するわけにはいきません。来年1月にはトランプ大統領が誕生します。トランプ氏はウクライナ支援に消極的。ウクライナへの軍事的支援を中止してしまうかもしれません。そこでバイデン大統領は、在任中にできる限りの支援をしてしまおうと考えているのです。

 トランプ氏は、選挙戦中から「自分が大統領になれば24時間以内に戦争を止めてみせる」と豪語(ごうご)してきました。いったいどうやって戦争を止めるのか。常識的に考えれば(まあ、トランプ氏に常識は通用しないかもしれませんが)、現状で停戦させ、両軍の間に非武装地帯(ちたい)を設けるというものになるでしょう。朝鮮戦争の休戦ラインのようなものです。

 でも、そのためには、両軍とも少しでも有利な条件を作りだそうとするでしょう。要はもっと広大な領土を占領しておくことです。そこでバイデン大統領は、長射程のミサイルによるロシア領内への攻撃を認めたというわけです。

 これに対し、ロシアのプーチン大統領は反発。ATACMSが撃ち込まれた19日、「核抑止力の国家政策指針」を改定し、核攻撃に踏み切る条件を緩和しました。ロシアがたとえ通常兵器であっても攻撃を受けた場合、核兵器で報復攻撃できるというものです。これまでアメリカは、ロシアの態度を注視しながら、ロシアに核兵器を使わせないギリギリのラインを模索(もさく)してきました。このためアメリカが供与したミサイルをロシア領内に撃ち込むことを認めませんでした。しかし、今後、アメリカのミサイルでロシア領内に大きな被害が出た場合、プーチン大統領が予測不能な対応を取るのではないかという不安が広がっています。

 さらにアメリカは、対人地雷(じらい)をウクライナに供与する方針を打ち出しました。もし非武装地帯が設定されたら、その外側では、敵軍の侵入を防ぐ必要があります。そのためには地雷が有効だというわけです。

 ところが、ここで大きな問題が起きます。ウクライナは「対人地雷禁止条約」に加盟しているのです。それなのに地雷を受け取れば、条約違反になってしまうのです。この条約は、地雷を使うことばかりでなく、備蓄や規定の留保(りゅうほ)も禁止されています。さらに紛争中には条約から脱退することも認められません。

 アメリカは条約に加盟していないので、膨大な対人地雷を保管しています。その一部をウクライナに供与しても構わないと考えているのですが、地雷はいったん敷設(ふせつ)しされると、長期間にわたって脅威が残ります。ウクライナの肥沃な(ひよく)大地をどう守れるのか。暗い気持ちになりま