そこからですか!? 第637回 池上 彰 2024/11/07 衆院が「ハングパーラメント」に ----  日本もアメリカも政治の混迷が続きます。日本は衆議院議員総選挙で自公連立政権が過半数を割り込み、石破総理の政権運営に暗雲が漂っています。でも、アメリカの政治は、もっと先行きが見えないのです。  総選挙の当日、私はアメリカで大統領選挙の取材をしていて、テレビ東京の選挙特番には出演せず、冒頭でニューヨークからメッセージを送りました。つまり日本の選挙よりアメリカの選挙を選択したのです。  その理由は簡単。アメリカの大統領選挙は4年に1度の大ニュース。結果はアメリカばかりでなく、日本にも世界にも大きな影響を与えるからです。すでに去年から選挙取材の準備をしていました。いまさら変更はできないということでした。  さらに私はジャーナリストとして現場取材が命と考えます。テレビのスタジオで番組を回すより、現場を走り回る方が性に合っているのです。  そのアメリカ。11月5日の投開票日に向けて、選挙戦は激しさを増してきました。本来であれば、このコラムが掲載される号の発売日には結果が判明していてもいいはずですが、そうはならないでしょう。結果が確定するまで何日もかかる可能性があります。  もしトランプが選挙で負けたら、トランプ本人も支持者たちも、結果を認めないだろうからです。選挙戦中、トランプは「選挙で負けたら結果を承認しますか?」との質問に答えず、それどころか「受け入れない」と明言していました。投票日直前に、すでに激戦州で「有権者登録に不正がある」「郵便投票に不正がある」と言い出しています。  アメリカの選挙は日本とずいぶん異なります。日本の場合、住民登録していれば、選挙管理委員会から投票所入場券が送られてきます。自動的に有権者として認められるのです。  対してアメリカは、事前に有権者登録をしなければ投票できません。有権者登録するためには、選挙管理委員会で自分の名前と住所、支持政党を記入することになっています。支持政党に関しては、民主党か共和党かを明らかにするのですが、もちろん支持政党なしと書いてもいいのです。登録に当たっては、自らサインをします。  ところが今回、トランプ陣営が「同じ筆跡のサインがある」と問題にし始めました。本人確認はサインでというアメリカならではの慣習が、こういう問題を引き起こします。  また郵便投票も広く認められています。自宅に送られてきた投票用紙に記入した後、封印し、封筒にサインをして送り返します。  受け取った選管は、サインが事前の有権者登録の際のサインと同一かどうかを一枚一枚確認していきます。これに時間がかかり、投開票日を過ぎても集計が続く州が多いのです。サインが同一かどうかを確認するのが難しい場合もあります。  さらに今回、共和党は「前回のように選挙が盗まれないように監視する」と言って、全米で10万人を動員して開票場所に押しかけます。選管職員には大変な圧力になりますし、支持者が開票を妨害するのではないかという懸念まで生まれています。 二大政党制は分断を生む ----  こんなアメリカの現状を見ると、二大政党制というのは、必ずしもいいものではないとの感を深くします。  日本の選挙制度に「小選挙区比例代表並立制」が導入されたのは、小選挙区を中心にすることで、大きな政党の候補者以外を当選しにくくし、二大政党制を作り出すという目的がありました。事実、この選挙制度になってから、自民党と民主党が二大政党になり、自民党から民主党、民主党から自民党への政権交代が実現しました。しかし、その後は民主党が分裂し、二大政党制は確立していません。これを過去には「未成熟」と見ることが多かったのですが、私はむしろ二大政党制は弊害が大きい気がしてきました。  アメリカでは、二大政党によって国民はどちらかの側に分断され、政権を維持ないし獲得するためには何でもあり、という状況に陥っています。トランプの政治集会では民主党のカマラ・ハリスを激しい言葉で罵る(ののしる)ばかり。建設的な議論になりません。トランプはハリスを「共産主義者」と決めつけ、ハリスはトランプを「ファシスト」と批判します。  結果、食うか食われるかの勝負になってしまっています。  では、日本はどうか。今回は自公が過半数を割り込む一方で、野党第一党の立憲民主党も過半数には達せず、いわゆる「ハングパーラメント」(宙ぶらりんの議会)になってしまいました。  これは一見困ったことのように見えます。与野党が互いに歩み寄り、妥協しないと予算も法律も成立しないからです。でも、そのためには与党は野党の主張をそれなりに受け入れなければなりませんし、野党は野党で強硬に与党案に反対していたのでは何も決められません。  両者の歩み寄りが求められることで、分断ではなく、融合の可能性が生まれるからです。  たとえば今回、比例代表で共産党が得票を減らし、国民民主党が票を増やしたのは、国民の総意として対立ではなく歩み寄りを求めたと考えることができます。今後、自民党は国民民主党に近寄り、国民民主党は自民党に自党の主張を受け入れさせようとするでしょう。それを「政治屋の妥協」と否定的に見るのか、「大人としての歩み寄り」と受け止められるのかは、両党の今後の行動次第ということになります。  考えてみると、ヨーロッパでもイギリスは二大政党制ですが、ドイツやフランスなどはいくつもの政党が存在感を示し、選挙のたびに連立の組み換えが起きたり、政策をすり合わせたりしてきています。こうした経験が日本でも積み重なれば、日本の政治を成熟させることになるはずです。日本の選挙結果は、「混沌」ではなく、「成熟への第一歩」と積極的に受け止めてみましょう。