池上彰のそこからですか!? 第636回 2024/10/31

米大統領選は大接戦

 いまアメリカで大統領選挙を取材中です。まずロサンゼルスから入国したのですが、税関・国境警備局の職員たちがしっかりドジャースの帽子をかぶっていたのには笑えました。ロサンゼルスは大統領選挙どころではなく、ニューヨーク・ヤンキースとの対決になったワールドシリーズで盛り上がっています。

 ただホテルでテレビをつけると、状況が一変します。テレビCMは選挙絡み(せんきょがらみ)ばかりです。CNNのようなニュース専門チャンネルは一日中選挙のことばかり取り上げていまして、ここに選挙がらみのCMはあまり出てこないのですが、地上波(ちじょうは)のCBSやNBC、ABCなどでは、ドラマやクイズ番組の合間に、ひっきりなしに選挙のCMが流れます。

 といっても大統領選挙ではありません。ロサンゼルスがあるカリフォルニア州は民主党の牙城(がじょう)。ハリスが圧勝することは目に見えているので、民主党も共和党も大統領選挙のCMは流さないのです。

 一方、連邦議会の下院議員とカリフォルニア州の下院議員の選挙が同時に実施されるため、こちらはCMの洪水です。アメリカは対立候補を攻撃するネガティブキャンペーンが認められているため、ウンザリするほどの悪口合戦(わるぐちがっせん)です。

 たとえば民主党系のCMでは、共和党の下院議員候補が過去に「中絶は例外なく禁止だ」という発言をした時のビデオを流し、それに対し女性たちが口々に「自分たちの身体のことは他人から介入されたくない」と発言し、こんな人物を当選させるなと主張するのです。

 一方、共和党系のCMは、民主党のせいで「不法移民が多数流入してきて治安(ちあん)が悪化している」というイメージ映像を流して、「不法移民に断固たる態度をとる我が候補に一票を」と呼びかけます。これほどのCMの洪水では金がかかるわけだと思います。

 日本の常識からすると驚くのは、こうしたネガティブキャンペーンで、テレビニュースの映像が使われていることです。日本ですと、どこかの放送局が流した映像を勝手に使うことはできません。使用の許諾(きょだく)が必要なのですが、各局とも選挙のCMに使われるのは断るでしょう。

 ところがアメリカでは、CNNやFOXニュースなどのニュースで取り上げられた政治家の発言が、そのまま使えるのです。「公益のために使用を認める」という建前(たてまえ)からです。

 さらにここに来て、大富豪のイーロン・マスクが、毎日抽選で100万ドル(1億5000万円)をプレゼントすると宣言。金で釣るという露骨な手法には呆れるしかありません。これは明白な「買収」ではないかと批判が集まっていますが、さすがにマスク。法律違反にならないような仕掛けをしています。

 というのも、「トランプ支持の人に毎日100万ドルをあげる」というのでは露骨な買収ですが、「表現の自由や銃保有の自由を求める団体に賛意の署名をした人のなかから毎日100万ドルをプレゼントする」という形式だけ見ると、単純に「選挙違反だ」とは言えないのです。実際にはトランプの政治集会で抽選結果を発表したのですから、どう見ても買収だろうと言いたくなります。司法省はマスクに警告をしましたが、これが違反かどうかは今後の捜査次第だそうで、捜査の結論が出るまでに選挙は終わっていますね。

 さて、ここまで書いてくると、「ところでトランプとハリスはどちらが勝ちそうなのか」という質問を受けそうですね。とりわけ日本国内では「トランプ有利」という世論調査のニュースがしばしば流れるものですから、「どうもトランプ再来で決まりらしい」という気持ちになって聞いてくるようです。

あてにならない世論調査結果

 ただ、過去にも書きましたが、アメリカの世論調査は、日本ほどきめ細かくはなく、人口に比して調査対象が少ないことを知っておきましょう。人口が3億3000万人にも達する(たっする)大国で、調査対象が数百人レベルでは、結果の誤差(ごさ)が大きくなりすぎるのです。

 日本のニュースでよく取り上げられるのは、政治サイト「リアル・クリア・ポリティクス」が集計した各種世論調査の平均支持率です。これは、いろんなメディアや大学が実施した世論調査の単純平均を出しているのです。たしかにこの数字を見ると、全米の大まかな傾向は見えてきますが、統計学的には意味がないのです。たとえば500人を対象にした世論調査の結果と、3000人を対象にした結果を単純に平均して、何が言えるのでしょうか。

 この平均の数字では、10月21日時点で、ハリス氏は49.2%でトランプ氏は48.3%となり、ハリス氏が僅かにリードしている数字が出ていますが、そもそも平均を出すという意味のないことをしているので、誤差の範囲だとしか言えないのです。

 アメリカの大統領選挙は、有権者の総得票数で勝負(しょうぶ)を争うわけではありません。州ごとに割り当てられた大統領選挙人を、それぞれの州で1票でも多く獲得した候補者が独占する仕組みです(2州は違う方法を採用)。2016年の大統領選挙では、総得票数でヒラリー氏がトランプ氏より300万票近く多く獲得したにもかかわらず、大統領選挙人の数でトランプ氏に敗れています。こういう仕組みになっている以上、全米レベルでの支持率を出したところで意味がないのです。

 たとえばカリフォルニアは人口が多く、民主党支持者も多いので、全米レベルではハリス支持者が多く出るかもしれませんが、この州でいくらハリスが多数の票を獲得したところで、同州に割り当てられている大統領選挙人54人が獲得できるにすぎません。

 というわけで「どちらが勝ちそうですか?」と尋ねられても、「わかりません」としか答えようがないのです。結果を待ちましょう。