池上彰のそこからですか!? 第635回 2024/10/25
トランプは「体外受精の父」?
アメリカ大統領選挙も終盤戦。先が見えない情勢になってきました。とりわけトランプ前大統領の発言は、ここへきて支離滅裂(しりめつれつ)の度合いが激しくなっています。「以前から支離滅裂ではないか」という突っ込み(ツッコミ)を予想して、ここでは「度合いが激しく」と予防線を張っているのです。
最近驚いた発言は(もちろん前から驚かされているのですが)、今月16日(米時間)、激戦州の一つのジョージア州でのFOXニュース主催の女性限定イベントでのもの。「私は体外受精の父だ」と発言したのです。
一瞬、目が点になりました。トランプ氏は離婚した過去の女性たちとの間に子どもがいますし、いまのメラニア夫人との間にも子どもがいますが、彼女たちが体外受精で妊娠したという話は出たことがありません。
ということは、この発言の意味は、自分が体外受精の手法を発明したとでもいうのか。さすがにそれはないでしょう。ということは「体外受精を広めるにあたって、自分が貢献した」という意味なのか。
理解できない発言を、メディアはどう報じるのか。
〈最近のトランプ氏の演説は、冗長(じょうちょう)で繰り返しや誇張(こちょう)、事実誤認が多い。辻つまが合わないこともある。それにも関わらず、有権者があまり問題視していないのは、メディアがトランプ氏の言動を「浄化」して報道しているためだ、というのが一部の識者らの指摘だ。
9月上旬、トランプ氏はニューヨーク経済クラブで講演した。最後の質疑応答で、チャイルドケア(育児サービス)の高額化を抑えるためにどのような法案を考えているのかという質問を受けた。
トランプ氏は「私の周りには(共和党のマルコ・)ルビオ上院議員や娘のイバンカがいる」と語り始めた。その後、外国製品に課する予定の高い関税に話題が移り、話しが脱線しているような印象を与えた。関税がチャイルドケアに役立つという趣旨で話している可能性もあったが、最後まで「チャイルドケア」と「関税」の関係性への詳しい説明はなかった。
AP通信はこの講演を「高騰するチャイルドケア、関税が解決する可能性を示唆 トランプ氏」という見出しで報じた。実際には理屈が通っていない話でも、こう見出しが立つと、トランプ氏が理路整然と新しい経済政策を発表したようにみえる。(中略)トランプ氏に限らず、メディアは言葉足らずや分かりにくい発言を報じる際に言葉や文脈を補う(おぎなう)ことはよくある。読んだ人が「意味が分からない」と感じるようだと、記事として成立しないからだ〉(日経新聞電子版10月11日)
というわけで、先ほどの「私は体外受精の父だ」の発言についても、ロイター日本語版の17日の配信記事は「生殖に関する問題で信頼できる候補だと自身を印象付ける狙いがある」と解説しています。記事として成立させるためにこじつけた記事とでもいうべきか、この記事を読むと、トランプ発言が首尾一貫しているように思えます。
「猫を食べている」発言取り消さず
トランプ氏は体外受精を推進しているように見えますが、トランプ氏を熱心に応援している共和党保守派には「受精は神の御業であって、体外受精のような不妊治療は神の意思に反する行動だ」と考える人たちがいて、体外受精を実施しやすくする法案を民主党が議会に提出しても共和党は2回にわたって阻止しているのです。
この点をどう理解すべきか。自分を応援してくれている支持者の意思に反しても、女性の立場を守るという意味なのか。おっと、私もつい意味がわかるように表現しようとしてしまった。結局、トランプ発言はどんな意味があったのか。ロイターは、記事をこう続けています。
〈トランプ陣営の広報担当者カロリン・リービット氏は、トランプ氏の「体外受精の父」発言をジョークだと説明。「彼が女性と家族のための不妊治療へのアクセス普及を強く支持していることから、熱心に答えている際に冗談で言ったものだ」と述べた〉
トランプ発言の意味を必死に考えたことは無駄でした。
最近のトランプ氏といえば、ハリス候補とのテレビ討論会で「移民がペットの猫や犬を食べている」と発言したことは記憶に新しいところでしょう。先日ニューヨーク州郊外で熱心なトランプ支持者に会ったところ、猫たちが「トランプに投票して」というボードを持っているマグカップを作っていました。「移民が入ってくると、私たち猫の命が危ない。猫を助けるために移民を追い出すトランプに投票してください」という意味だといいます。
テレビ討論会での発言について、司会をしていたABCテレビのキャスターが、「ペットが食べられているという報告はない」と、直ちにファクトチェックしましたが、放送終了後、トランプ陣営は、アメリカの放送局を監督するFCC(連邦通信委員会)に対し、「ABCの放送免許を取り上げろ」と要求しました。トランプ候補の発言を「検閲した」という趣旨です。
トランプ発言の内容が正しいかウソかファクトチェックすると、「検閲だ」と非難する。こうしてトランプ発言をファクトチェックしないように圧力をかけているのですね。
でも、あれだけ大きな騒ぎになった「猫を食べている」発言は、さすがに撤回したのだろうと思っていたら、私の考えは甘かったですね。
〈トランプ前大統領は16日、フロリダ州マイアミで開かれたヒスパニック(中南米系)の有権者向けイベントで、オハイオ州の移民がペットを食べていると再び主張した〉(10月17日のロイター日本語版の配信記事)
懲りない(こりない)ですね。〈9月末の遊説では、対抗馬の民主党候補、ハリス副大統領を「知的障害がある。生まれつきだ」と決めつけるなど、発言は過激さを増す〉(前掲の日経新聞電子版)。頭を抱えてしまいます。