池上彰のそこからですか!? 第628回 池上 彰 2024/08/30
「南海トラフ地震臨時情報」とは?
Q 宮崎県沖で地震が起きたと思ったら、「南海トラフ地震臨時情報」が出て、びっくり。「1週間は気をつけて」なんて言うから、1週間以内に大地震が来るのかと身構えて(みがまえって)いたけど、結局来なかったっすね。予知(よち)が外れたんすか?
A これは地震予知ではないんだ。「皆さん、南海トラフ地震がどんなものか、確認して準備をしてくださいね」という呼びかけだった。現代の科学技術では地震の予知はできない。だから、地震の可能性を知らせて、みんな準備をしておこうねと呼びかけたものだった。
1週間くらいだったら、経済活動にも大きな影響は出ないし、国民も我慢できるだろうと考えて設定された数字だ。
Q なんだ、政府の予知が空振り(からぶり)したのかと思った。
A これについては、面白い表現をしている地震学者がいた。「空振りだと思わずに、地震に備えた素振りだと思った方がいい」と。
Q しゃれた表現っすね。それにしても、「南海トラフ」とは、前に聞いたことがあるような気がするんだけど、どんなものでしたっけ?
A そう感じた人も多かったようだな。「トラフ」とは、海底の溝(みぞ)や窪み(くぼみ)、お盆のような形の場所のこと。南海トラフは静岡県の駿河湾(するがわん)から九州の東方沖(とうほうおき)にかけての約700キロにわたって続く海底の凹地(くぼち、窪地 )のことだ。ここを震源とする巨大地震が起きる可能性があることから、これを南海トラフ地震と呼ぶことになった。海の溝なら「海溝(かいこう)」と呼べばいいようなものだけど、専門家は、水深6000メートルまでのものをトラフ、それ以上深いものを海溝と呼んで区別している。海溝といえば日本海溝が有名だろう。
Q でも、どうして「南海トラフ」などと言い出したんです?
A これは、いい質問だね。なぜ南海トラフ地震という言い方が出てきたのか。それは、東日本大震災がきっかけなんだ。
これまでこの地方の震源域は、東海地震、東南海地震、南海地震と、3つの地域に分けられていた。これは東北地方の東方沖の海底の震源域に関しても同じこと。「宮城県沖(みやぎけんおき)」などと地域を分けて地震の発生確率を計算してきたんだ。ところが、東日本大震災は、いくつもの地震の震源域が同時に揺れ、巨大な地震になってしまった。
Q そうかあ。だから大変な被害をもたらしたんだ。東北地方を中心に太平洋側は、岩手、宮城(みやぎ)、福島、茨城(いばらき)と、実に広い範囲で大きな揺れが来て、大津波が襲ってきたからなあ。
A こうなると、東海地震などと個別に分けていたのでは、地震の被害想定が小さいものになってしまうのではないか。この反省から、3つの地域が連動して震源になる想定をする必要が出てきた。これらの地震は、いずれも南海トラフが震源だ。そこで、南海トラフ地震と呼ぼうということになったんだ。巨大地震が起きたときに「想定外でした」などと弁解しないですむように、というわけだ。
Q じゃあ、最悪に備えたもので、震源域全体で同時に起きるとは限らないんだ。
原因はプレートのぶつかり合い
A なぜトラフが生まれるのか。原因はプレートだ。地球の表面には、プレートと呼ばれる岩盤が十数枚あって、いろんな方向に動いている。当然のことながら、各地でプレート同士がぶつかり合う。このとき、海側のプレートは陸側のプレートよりも密度が高いので、その下に沈み込んでいく。海側のプレートがどんどん沈み込んでいくわけだから、そこには深い溝や谷ができようというもの。これがトラフだ。日本の南側の海底に存在するので、南海トラフと呼ばれる。
海側のプレートが沈み込むと、陸側のプレートの先端も引きずられて沈み込む。でも、いつまでも引きずり込まれるわけではなく、やがて先端はピョンと跳ね上がる。このとき地震が起きる。
Q ここでは、たびたび地震が起きたんすか?
A そうなんだ。江戸時代の宝永地震(1707年)は、南海トラフ全域が一斉に動いて発生したとみられている。1854年には東半分で安政東海地震が起き、その32時間後に西半分で安政南海地震が発生している。
1944年には昭和東南海地震が発生し、その2年後に昭和南海地震が発生した。連動性がうかがえるだろう。
Q でも、このとき東海では地震が起きていないんすね。
A その通り。このときに起きたのは東南海と南海。東海地震は発生していない。このため、「次に起きるのは、地震の空白区である東海ではないか」ということになり、東海地震に備えた警戒態勢が敷かれてきた。しかし、地震は起こらないまま。そこで、東海地震単独ではなく、3連動になるかも知れないとの危機感が募って、対策がまとめられた。今回の日向灘のように南海トラフ地震の想定震源域の中でマグニチュード7以上の地震が起きたので、あらかじめ計画されていた通りに、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表されたんだ。
Q ということは「注意」より上があるんすか?
A そうなんだ。マグニチュード8以上の地震が起きた場合は、「巨大地震警戒」が発表される。震源域内のほかの場所でも巨大地震が起きるかもしれないから警戒してください、というわけだ。
Q そうなったら、どんなことが起きるんすか?
A たとえば東海道新幹線は、三島と名古屋の間で運休することが計画されている。ほかの鉄道やデパートなどは、いざというときには全面的に止めてしまうことも検討中だ。
Q そりゃ、大変だ。だから「注意して」と南海トラフの可能性をアピールしたんだ。
- 南海トラフ