第626回 池上彰のそこからですか!? 2024/08/02

トランプの経済政策とは

 つい先日まで「もしトラ」が「ほぼトラ」になり、「確トラ」になったと論評されていたのに、民主党の大統領候補が代わった途端、事態は一変。高齢者対決と言われ、トランプ氏がバイデン大統領の「衰え(おとろえ)」を嘲笑(ちょうしょう)していたのに、いまや追撃される立場になってしまいました。トランプ氏は相手候補を悪口や差別的表現で叩きのめすのが得意技(とくいわざ)ですが、今度の相手は黒人で女性。うっかりしたことを言うと、黒人も女性も敵に回しかねません。

 トランプ氏の銃撃事件と共和党大会がアメリカのニュースの中心でしたが、いまやカマラ・ハリス氏に話題を攫われて(さらわれて)います。

 部外者の無責任な立場で言えば、ようやく面白い大統領選挙になったのですが、投票日(とうひょうび)の11月までは、まだ間がありますね。「やっトラ」(やっぱりトランプ)になる可能性もあります。そこで今回は、もしトランプ政権が復活したら、どんな経済政策が打ち出されるのか、先日の共和党大会でトランプ氏が打ち出した経済政策や、これまでの公約から確認しておきましょう。

 内容を子細に見ると、有権者の歓心を買おうと、ポピュリズム剥き出しの政策が羅列(られつ)されています。整合性のある政策になっていないのです。まあトランプ流と言ってしまえばそれまでですが。

 まず強調しているのはインフレ対策です。コロナ禍が明けてからアメリカは物価の上昇が激しく、庶民の生活を直撃しています。私の個人的な体験で言えば、2022年の秋にニューヨークで食べたラーメンと餃子は1ドル150円で計5400円。これにもビックリですが、今年3月に同じ店でラーメンと餃子を注文したら、奇しくも(くしくも)1ドル150円と為替レートは同じだったにもかかわらず、6000円になっていました。

 物価の上昇をどう抑えるのか。トランプ氏に言わせると、石油や天然ガス、石炭産業に対するバイデン政権の規制を撤廃し、石油と天然ガス、石炭を「掘って、掘って、掘りまくれ」(ドリル、ベイビー、ドリル)。そうすれば、供給拡大によってガソリンなどエネルギー価格が下がり、物流コストも下がり、物価高に歯止めがかかるという理屈です。

 バイデン政権は温暖化対策として脱炭素政策を進めてきましたが、それを全部やめるというのです。もちろん温暖化対策の国際的な約束「パリ協定」からも離脱します。

 その一方で、トランプ氏は外国からの輸入品に高い関税(かんぜい)をかけることを宣言しています。外国製品を高くすれば、国内産業を守ることになり、製造業で働く労働者たちの票が期待できるというわけです。でも、関税を引き上げると、どうなるのか。日本を含むあらゆる国からの輸入品に一律(いちりつ)10パーセントの関税をかけ、中国からの輸入品には60パーセントもの高関税(たかかんぜい)をかけると公約しています。中国製の日用品は安いので、物価高に苦しむ庶民には救いとなっていますが、それが値上がりしてしまうのです。物価高対策とは正反対の公約です。

金利を下げて景気対策?

 矛盾した政策は金利にも及んでいます。アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、インフレ対策として金利を引き上げています。金利が高くなれば、企業が金融機関からお金を借りにくくなり、新たに工場を建設したり、従業員を雇ったりする行動にブレーキがかかります。これにより景気の過熱を抑えようというわけで、手法としては経済政策の基本です。

 ところがトランプ氏は、これが不満なのです。「トランプ氏のおかげで景気がよくなった」と言ってもらいたいのです。そこで「金利を高くしたら景気に悪影響があるから金利を下げる」と言っているのです。

 政策金利を上げ下げ(あげさげ)するのは中央銀行の専権事項ですが、トランプ氏は、ここに介入して(つまり中央銀行の独立性を否定して)、金利を下げさせようというわけです。

 しかし、金利を下げたら景気が過熱してしまいます。景気が過熱したら再びインフレが進み、物価高につながります。その理屈がわかっているのか、わかっていないのか。

 おそらくトランプ支持者からは「物価高をなんとかしてくれ」という声と「金利を下げて景気をもっとよくしてくれ」という相矛盾(あいむじゅん)した要求が寄せられているのでしょう。その両方の要求を満たそう(みちたそう)とした結果が、この公約なのですね。

 またトランプ氏は、「日本は円安で儲けている」と日本を非難しています。アメリカの金利を下げれば日米の金利差が縮まり、円高になるから、日本の輸出産業に打撃(だげき)となり、アメリカの国内産業の保護になるというわけです。この部分は、現在の日本の行き過ぎた円安に歯止めをかける可能性があります。

 でも、アメリカの金利が下がればドル安になり、アメリカが輸入する外国製品の値段は上がります。インフレ退治(たいじ)にならないのです。ここでも政策は矛盾しています。

 さらにトランプ氏は減税を進めると宣言しています。減税すれば、金持ちは余裕資金で買い物をしてくれて景気対策になるかもしれませんが、低所得者は、そもそも税金をあまり納めていませんから、減税の恩恵はありません。格差が拡大します。

 また、減税すれば財政赤字が増大(ぞうだい)します。「アメリカの財政が悪化する」と考える海外の投資家が増えると、アメリカの国債への信頼が失われ、高い金利をつけないと国債が売れなくなります。結局、「金利を下げる」とはならず、ここでも矛盾するのです。

 経済の世界では、独裁的な政治指導者がいくら号令をかけても、思い通りにはならないのです。

 これらは経済学者にとってはイロハのことばかり。共和党にも経済に明るいブレーンが何人もいるでしょうが、トランプ氏には怖くて助言できないのでしょうか。「やっトラ」のリスクは残っているのです。