池上彰のそこからですか!? 第625回 2024/07/26

アメリカはなぜ銃規制が進まない(すすまない)?

 トランプ前大統領の暗殺未遂事件にはぞっとしました。アメリカ社会の分断がますます進みそうです。アメリカは、かつて南北に分かれて内戦となりました。「南北戦争」です。今後の大統領選挙の推移によっては「新・南北戦争」になりかねない恐怖を感じます。

 それにしても、アメリカが銃社会であることを改めて痛感しました。犯人が約125メートル離れた場所から狙撃(そげき)したばかりでなく、トランプ前大統領を警護するシークレットサービスのスナイパー2人がトランプ氏の背後の建物の上に待機していて、同じ距離だけ離れている狙撃犯を射殺したのですから。

 アメリカが銃社会である理由は、憲法で銃の保有が認められているからだということは、よく解説されます。では、その憲法の条文はどんなものなのか。これは1791年に成立した合衆国憲法修正第二条です。以下のようになっています。

規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵して(おかして)はならない。(アメリカンセンターJAPANの日本語訳)

 アメリカはイギリスからの独立戦争の際(さい)、市民たちが銃を持って戦った(たたかった)ことで独立を果たした。これが建国のDNAに刻み込まれているからです。ただ、この条文の「民兵団」という箇所が過去には議論になりました。アメリカは連邦政府軍のほかに各州に州兵が存在します。この州兵のことを指すのであって、一般国民のことではないという解釈があったのですが、連邦最高裁判所は、「一般の国民の銃を持つ権利を保障(ほしょう)している」という判決を下しています。

 アメリカで銃の乱射事件が起きると、「銃を規制すべきだ」という気運(きうん)が高まりますが、これは「一般の国民が銃を持てないようにすべきだ」ということではありません。憲法で銃の保有が認められているからです。銃規制派は、殺傷能力の高い銃は簡単には買えないようにすべきだと要求しているのです。実はアメリカは州ごとに銃の規制があるところと、ほとんどないところがあります。たとえばニューヨーク州など民主党の力が強いところでは、それなりの規制がありますが、テキサス州のように共和党が力を持っているところでは、簡単に銃を買えてしまいます。

 そこで銃の規制派は、連邦レベルでの規制をすべきだと主張しているのです。過去には1994年に施行(しこう)された「ブレイディ法」がありました。これはレーガン大統領暗殺未遂事件が起きた際、大統領の傍にいた大統領報道官のブレイディ氏が流れ弾に当たって半身不随(はんしんふずい)になったことから、本人と家族が銃の規制をすべきだと働きかけて成立しました。この法律は、拳銃を購入希望者に引き渡すまでに5日間の猶予期間を置き、その間に銃砲店は購入希望者の身元や犯歴を警察に照会しなければならないというものでした。

犯行に使用された銃は規制されず

 その結果、多くの人の購入(こうにゅう)が拒否されました。この法律は当初5年間の時限立法として制定され、後に5年延長されましたが、銃規制反対派に支持されていたジョージ・ブッシュ大統領(息子)が再延長に積極的ではなく失効しています。

 今回犯行に使用された銃は「AR15」というもの。半自動小銃と呼ばれ、一発一発撃つこともできるし、連射することも可能です。

 そもそもは1950年代に開発されました。近距離から大量の銃弾を発射できる武器が欲しいという米軍の要望に応えたものでした。当時、旧ソ連の小銃(しょうじゅう)AK47(カラシニコフ)で武装したゲリラに対抗する狙いがありました。

 この銃は軽量で扱いやすく、多数の弾丸を素早く発射できるので人気です。アメリカ国内で民間人が所有する数は1990年代初頭は40万丁でしたが、2020年代には2000万丁を超えるまでに激増したそうです(「ウォール・ストリート・ジャーナル日本版」7月17日付)。

 それだけ国内に氾濫すれば、さまざまな銃乱射事件にも使われます。

「社会における銃の役割をめぐる論争が長引くなか、AR15は目下(もっか)、その象徴的存在となっている。大勢の銃所有者がこれを合衆国憲法修正第2条の(武器を保有・携帯する)権利のシンボルとして受け入れる一方、反対派は過激派や銃乱射事件の犯人が選択する武器だとし、銃文化が自制心を失ったシンボルとみている」(同紙)

 この銃の使用が大きな悲劇を生んだのは2017年に起きたラスベガスでの銃乱射事件でした。屋外コンサートにいた観客に向けて、男が近くのホテルの高層階からAR15を乱射。当日だけで58人が死亡し、数百人が負傷しました。

 このため銃を規制すべきだという世論が高まり、銃規制反対派だったトランプ大統領も妥協し、規制を導入しました。とはいっても、規制は僅かなものでした。この銃の乱射事件では、高速の連射を可能にする部品「バンプストック」が使われていたため、この部品の取り付けを禁止するというだけのものだったのです。

 ところが先月、連邦最高裁判所は、「この措置は違法で無効だ」と判断したのです。その結果、今後もこの部品は銃の乱射事件に使われることになるでしょう。

 連邦最高裁判所の判事は9人。このうち民主党の大統領によって任命された3人は部品の使用禁止の措置(そち)を支持しましたが、共和党の大統領によって任命された6人は措置を違法と判断しました。

 この6人のうち3人は、トランプ氏が大統領のときに任命した人物でした。今回の犯行では、この部品が使われたという情報はありませんが、事件のニュースを聞いた最高裁判所の判事たちは、どのように思ったのでしょうか。