池上彰のそこからですか!? 第622回 2024/07/05
鹿児島で起きている異常事態
鹿児島(かごしま)県警で異常な事態が起きています。日本のメディア全体にとって、極めて深刻な事態です。日本が独裁国家になりかねない危機であることを知る必要があるでしょう。
事態発覚(はっかく)の発端(ほったん)は、鹿児島県警の前生活安全部長が守秘義務(しゅひぎむ)に反したとして国家公務員法違反の容疑で逮捕されたことです。
この容疑名を見て、疑問に思った人はいますか? 鹿児島県警の警察官なら地方公務員だから、地方公務員法の守秘義務違反ではないか。こう思った人がいたら大したものですが、実は地方の警察官にも国家公務員はいるのです。
鹿児島県警で採用された警察官は地方公務員ですが、次第に出世して「警視正(けいしせい )」になると、国家公務員になるのです。鹿児島県警の場合、生活安全部長は警視正です。そこで国家公務員法が適用されたというわけです。
逮捕された前生活安全部長は、鹿児島県警枕崎警察署(まくらざきけいさつしょ)の現職警察官の不祥事の捜査に県警本部長からストップがかかり、「不祥事を隠蔽しようとしたことが許せない」と考えて内部情報を外に出したと主張しています。この点に関しては、県警本部長が否定し、全国の都道府県警を統括する警察庁が特別監察に乗り出しています。
ここで深刻な問題なのは、なぜ前生活安全部長が内部情報を外に漏らしたことに鹿児島県警が気づいたかということです。
これには前段があります。去年10月、福岡市に事務所があるインターネットメディア「ハンター」が、県警の捜査資料の一部の画像を掲載したのです。その内容から、県警は情報を漏らしたとして今年4月、鹿児島県内の曽於警察署(そおけいさつしょ)の署員を地方公務員法の守秘義務違反容疑で逮捕しました。この署員は地方公務員でしたから地方公務員法が適用されたのです。
問題はここからです。この捜査の一環として、鹿児島県警は「ハンター」の事務所を家宅捜索。取材に関する情報が詰まっている事務所のパソコンを押収(おうしゅう)したのです。県警が中身を調べると、そこに前生活安全部長が外部に出した内部情報があることを発見。前生活安全部長逮捕に至ったというわけです。
でも、前生活安全部長は、情報を「ハンター」に漏らしたわけではありません。それなのに、なぜ「ハンター」のパソコンに情報が入っていたのか。
前生活安全部長は、定年退職後、県警内の不祥事を報道してもらおうと、今年3月、北海道のジャーナリストに告発文書を送ったのです。このジャーナリストが、これまで北海道警の不祥事を取材してきた実績があったからだと見られます。
報道(ほうどう)によると、このジャーナリストは、北海道で鹿児島県警の取材は難しいと考え、情報を「ハンター」に送ったということです。この情報を鹿児島県警が把握。前生活安全部長逮捕に至ったというわけです。
「情報源秘匿(じょうほうげんひとく)」は大原則
そもそも前生活安全部長の告発は「公益通報」にあたり、罪に問われる問題ではないという見解もありますが、メディアにとって深刻なのは、「情報源の秘匿」が破られたことです。新聞社にしても放送局にしても週刊誌・月刊誌にしても、情報を教えてくれた人(情報源)の秘密を守ることはイロハのイです。メディアが情報源を明らかにしてしまったら、情報を知らせた人の立場が危うくなりますし、誰も情報を伝えなくなってしまいます。つまりさまざまな組織にとって都合の悪いことが暴かれなくなってしまう恐れがあるのです。このためメディアで仕事をする人間は、必ず「情報源を守れ」と教育されます。
また、日本の最高裁判所もメディアが情報源を守ろうとしていることについて、2006年に「取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有す(ゆうす)」と認めています。
独裁国家のことを考えてみましょう。政権にとって都合の悪いことがメディアに出たとします。独裁国家であれば、すぐに警察がメディアを家宅捜索して情報源を突き止め(つきとめ)、逮捕しようとするでしょう。
いま鹿児島で、同じようなことが起きているのです。今後、鹿児島県警内では、「内部の不祥事を告発したら、自分が情報を漏らしたことがすぐにわかってしまうかも知れない」と考えて萎縮する(いしゅくする)人が出るでしょう。これでは恐怖社会。悪を告発して正すという民主主義社会の自浄作用が失われてしまいます。
今回の事件で気がかりなのは、県警の家宅捜索の対象になったのが、福岡市のウェブメディアであること。これが、もし新聞社や放送局のような大企業であったら、鹿児島県警は家宅捜索をためらったでしょう。「地方のちっぽけなメディアだから構わないだろう」という意識がなかったかどうか。
でも、これを認めてしまうと、「小さな会社だから家宅捜索しても構わないだろう」とか、「週刊誌だからいいだろう」などとなりかねません。「文春砲」を快く思っていない権力者は大勢います。「ハンター」への家宅捜索を深刻に受け止める必要があるのです。
そしてもう一点。今回の問題に関し、鹿児島県警を管轄する警察庁は、県警本部長を早々と「警察庁長官訓戒」にしていることです。そもそも何があったのかを詳細に調査しないうちに処分をしてしまうことは、さっさと幕引きしてしまおうとしているように見られても仕方ないでしょう。
さらに、鹿児島地検は何をしているのでしょうか。警察内部での調査には限界があります。第三者の立場で調べること。これこそ検察の役割ではないでしょうか。
そして、鹿児島県内のメディア関係者も、なぜ前生活安全部長が「告発文書」を地元のメディアに送らなかったのか、自省をすることです。