池上彰のそこからですか!? 第620回 2024/06/21

そもそもハマスとはどんな組織?

 イスラエルがガザ地区を攻撃して、パレスチナ住民に多数の犠牲者が出続けて(でつづけて)います。停戦案も出るのですが、なかなか収まりそうもありません。このニュースで登場する「ハマス」とは、どんな組織なのか。今回は、ハマスについて基礎から解説しましょう。

 ハマスの正式名称は「イスラム抵抗運動(ていこううんどう)」です。アラビア語のこの言葉の頭文字を連ねる(つらねる)と「ハマス」になり、「情熱」という意味になります。パレスチナの地からイスラエルを追放し、パレスチナ国家(こっか)を建設しようという情熱を持った組織だというわけです。イスラム教スンニ派の原理主義組織です。そもそものルーツはパレスチナではなく、エジプトの「ムスリム同胞団(どうほうだん)」のパレスチナ支部でした。

 ムスリム同胞団が結成されたのは1928年のこと。エジプトの小学校教師だったハサン・アル゠バンナーは、西洋式の師範学校の出身者でしたが、キリスト教的な学校制度に疑問を持ち、イスラム文化の復興を目指した組織を作ります。

 当時のエジプトは西洋式の近代化路線によって格差が拡大していました。そこで貧困にあえぐ人たちのために医療施設を作ったり、学校を作ったりという慈善活動(じぜんかつどう)を展開することで多くの支持者を獲得します。組織はアラブ圏全体に拡大し、パレスチナにも支部(しぶ)ができます。

 この歴史を見ればわかるように、ムスリム同胞団パレスチナ支部も貧困層のための慈善活動で草の根の支持を広げたのです。この組織が過激化したのは、1987年に起きた「民衆蜂起(みんしゅうほうき)」(インティファーダ)がきっかけでした。

 第二次世界大戦後、パレスチナは国連によって「ユダヤ人国家」と「アラブ人国家」に分割されます。いわゆる「パレスチナ分割決議」です。この決議に基づいて建国されたイスラエルは、その後のアラブ諸国との戦争を経て、パレスチナ全域を占領します。これに対し、ヤセル・アラファト率いるPLO(パレスチナ解放機構)はレバノンやチュニジアに本部を置いて、パレスチナの外部からイスラエルに対してテロなどで武力攻撃をしかけます。

 その一方、パレスチナに住む住民たちは、占領軍であるイスラエルに対する抵抗運動を始めます。これがインティファーダです。

 きっかけは、ガザ地区で起きた自動車事故です。イスラエル人が運転するトラックとパレスチナ人の運転するバンが衝突。パレスチナ人4人が死亡したことで、イスラエルによる占領に不満を募らせていたパレスチナ人が蜂起。イスラエルの警察や軍に対して、投石(とうせき)を始めます。当時のパレスチナ人は武器を持っていなかったため、いわば素手(すで)で立ち向かったのです。

 これにイスラエル軍はゴム弾や、ときには実弾で応戦。実弾(じつだん)はもちろん、ゴム弾も直撃を受ければ大けがをしたり死亡したりします。パレスチナ人に甚大(じんだい)な被害が出ました。

ムスリム同胞団、武装闘争部門を

 素手(すで)で立ち向かったのでは勝利への展望は開けない。当時、ムスリム同胞団パレスチナ支部にいたイスラム主義者のアフマド・ヤシン師が、支部の武装闘争部門としてガザ地区にハマスを結成したのです。

 ちなみに「ヤシン師」のように「師」をつけられるのはイスラム法学者であることを意味します。

 インティファーダで、若者たちや子どもたちがイスラエル軍に投石で立ち向かう姿が世界に流れ、国際世論はパレスチナ人に同情します。その結果、北欧のノルウェーの仲介により、1993年、「オスロ合意」が成立。PLOによるパレスチナ暫定自治が認められます。翌年、チュニジアにいたアラファトはパレスチナに帰還。1996年、パレスチナ人の難民キャンプがあり、パレスチナ人が大勢住んでいたヨルダン川西岸地区とガザ地区で行なわれた、パレスチナ人による選挙の結果、アラファトが自治政府の議長に選出されます。パレスチナ自治政府はイスラエルの存在を認める一方、自分たちも国家として認めるように要求していますが、イスラエルはこれを認めていません。

 一方、ハマスはイスラエルを国家として認めていません。イスラエルを追い出し、パレスチナ国家を建設することを目標として掲げています。こうした抵抗姿勢と地道な慈善活動が功を奏し、2006年に実施されたパレスチナの国会にあたる立法評議会選挙でハマスは過半数の議席を獲得します。さらに2007年にはガザ地区を武力制圧し、それまでパレスチナの主流派だった穏健派のファタハをガザから追放してしまいます。

 その結果、現在ヨルダン川西岸地区は穏健派のファタハ、ガザ地区は過激派のハマスが統治しています。つまりハマスは、ムスリム同胞団の武装闘争部門でしたが、いまやガザのパレスチナ自治政府となっているのです。イスラエルの攻撃によってガザ地区では多数の民間人が犠牲になっていますが、この数字を発表するのはハマスなのです。

 ハマスはこうしてガザ地区を統治する一方で、反イスラエルの立場を貫き、独自の組織を構築してきました。イスラエルによる攻撃を避けるために組織の全貌を明らかにしていませんが、以下のような組織(そしき)になっているものと推定されています。

 政党の中央委員会に当たるのが「諮問評議会(しもんひょうぎかい)」で、ここが政治局のメンバーを選出します。政治局員は約20人と見られ、最高幹部はイスマイル・ハニヤ氏。現在はカタールにいて、ハマスを指揮。イスラエルによるガザの空爆で、息子3人と孫4人を失ったといわれます。

 ハマスの戦闘員は約2万5000人と推測され、半数は殺害されたとみられますが、新たに参加するメンバーもいて壊滅は無理だろうという声が高まっています。イスラエルが「ハマス壊滅(かいめつ)」を目標にしている限りは、戦闘はまだまだ続くのです。