池上彰のそこからですか!? 第618回 2024/06/07

国際司法裁判所と国際刑事裁判所

Q イスラエルのネタニヤフ首相に「国際ナンタラ裁判所」から逮捕状(たいほじょう)が出たってニュースになってますが、どういうことなんすか?

A それは逮捕状が出たのではなくて逮捕状を請求したというニュースだな。「ナンタラ裁判所」というのは、今回は「国際司法裁判所」と「国際刑事裁判所」の2つがニュースになっている。

Q 分かりづらい名前っすね。どう違うんすか?

A どちらもオランダのハーグにあるので、紛らわしいげな(まぎらわしいげな)。まずは国際司法裁判所から説明しようか。国際司法裁判所は5月24日、イスラエルに対してガザ地区のラファへの攻撃を即時停止(そくじていし)するように求める仮保全措置命令(かりほぜんそち)を出した。

仮保全措置[かりほぜんそち] 国際裁判において,本案判決の前に,いずれかの当事者からの要請,あるいは判決の対象となる権利が即座に危険にさらされると裁判所が判断した場合に,状況を凍結させるためにとられる暫定の措置。国際司法裁判所 ICJでは 1日から 4週間以内に措置を決定する。決定は,公開の場で命令の形式で出され,法的拘束力を有する。

Q 要するにラファを攻撃するなと命令を出したんすね。イスラエルという国家に命令できるんすか?

A 国際司法裁判所は国家に命令できるんだ。これは国連(国際連合)の組織だ。国連と同じく1945年に設立(せつりつ)されている。国家間(こっかkん)の紛争(ふんそう)に関して、国際法に照らして判決を下す役割がある。

Q 判決は守らなければならないんっすか?

A その通り。国連加盟国は守る義務がある。ただし、罰則(ばっそく)がないため守らない国もある。

Q イスラエルは守る気(まもるき)がないみたいっすね。命令が出たのにラファへの攻撃を続け、避難している人たちの居場所を空爆(くうばく)して45人もの死者を出しているじゃないすか。ひどすぎます。

A この件に関しては、ネタニヤフ首相が「悲劇的な過ちが起きた」と釈明しているけど、攻撃の手を緩める気配はない。

Q 今回、どうして司法裁判所が乗り出したんすか?

A イスラエルがガザ地区のハマスを狙った(ねらった)軍事行動を始めた結果、多くの一般市民が犠牲になっているだろう。もちろん、その前にハマスがイスラエルを攻撃して多数のイスラエル市民が犠牲になっているわけだが、これについて南アフリカが「ガザへの攻撃はジェノサイド(大量虐殺)であり、やめるべきだ」と提訴(ていそ)したからだ。

 ガザへの攻撃に関しては、これまで国際司法裁判所がイスラエルに、2度にわたり人道状況の改善などを求める暫定措置命令を出している。

Q 裁判官はどういう人たち?

A 裁判官は15人。国連加盟国が自国のベテラン裁判官を推薦して、国連の安全保障理事会(安保理)と国連総会の選挙で選ばれる。日本からは現在、岩澤雄司(いわさわ ゆうじ)氏が選出されている。過去には皇后(こうごう)の父親の小和田恆(おわだ ひさし)さんが裁判所長を務めたことがある。

 任期は9年で、3年ごとに5人の裁判官が選出される。再任も可能だ。裁判官はそれぞれ異なる国から選出され、かつては慣例で地域ごとに割り当てられていた。西欧諸国から5人、アフリカから3人、アジアから3人、東欧から2人、中南米から2人だ。安保理の5つの常任理事国出身の裁判官が必ず含まれることになっていた。

国際刑事裁判所は個人を裁く

Q バランスをとっているんだ。で、国際刑事裁判所の方はどうなっているんすか?

A 国際司法裁判所は国家間の紛争を扱うが、国際刑事裁判所は文字通り刑事事件を扱う。個人の責任を追及するんだ。

 今回は、国際刑事裁判所の主任検察官が裁判所に戦争犯罪の疑いで逮捕状(たいほじょう)を請求した。対象は5人。イスラエルのネタニヤフ首相とガラント国防相(こくぼうしょう)、パレスチナ自治区のイスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏と軍事部門トップのデイフ氏、それにガザ地区指導者のシンワル氏だ。

 逮捕状を請求したカーン主任検察官は、ネタニヤフ氏とガラント氏には民間人を飢餓に陥らせたり、殺人、民間人に対する意図的な攻撃指示、絶滅といった犯罪を行なったりした疑いがあると述べている。人質、レイプ、性的暴力、拷問(ごうもん)といった犯罪を行なったと非難している。

 これについてネタニヤフ首相は「テロリストと一緒にするな」と激怒(げきど)。アメリカのバイデン大統領もネタニヤフ首相に同調している。

Q それにしても裁判所に検察官がいるって、おかしくないすか? 日本だと裁判所と検察は別の存在っすよね。

A 日本の裁判所と異なり、裁判所の中に検察官がいて、独自に捜査(そうさ)し、容疑が固まれば逮捕状を裁判所の中の予審裁判部に請求する仕組み(しくみ)になっているんだ。すると、予審裁判官が逮捕状を発行するかどうかの判断をする。つまりあらかじめ審理する予審裁判官が存在するんだ。いまは裁判所の判断待ちだ。もし逮捕されたら、予審裁判官が改めて捜査をして起訴するかどうか判断。起訴されたら裁判が始まる。

 国際司法裁判所は国連組織だけど、国際刑事裁判所は国際条約によって発足した。1998年に条約が採択され、2002年に発効。つまり効力を持った。

Q 日本はどうしてるんすか?

A 日本は2007年に加盟している。現在は124の国と地域が加盟していて、日本の赤根智子(あかね ともこ)裁判官が所長を務めている。

Q それはすごい。もし逮捕状が出たら、どうするんすか?

A 日本は条約に加盟しているから、もしネタニヤフ首相が日本にやって来たら、逮捕する必要がある。

 この裁判所は、各国の制度を補完する役割がある。そもそも個々の犯罪はそれぞれの国が裁判をして処罰(しょばつ)すべきだけど、その能力がなかったり、やる気がなかったりした場合に、代わって裁判をする仕組み(しくみ)なんだ。

 過去にはロシアがウクライナに軍事侵攻した後、プーチン大統領らに逮捕状を出している。

Q アメリカはプーチンなら歓迎し、ネタニヤフなら反発。これぞダブルスタンダードじゃないすか。これじゃ世界から信頼されないっすね。