池上彰のそこからですか!? 第615回 2024/05/17
為替介入どうやるの?|
Q 連休中に円安になったり円高になったり目まぐるしかったすね。政府が介入したというニュースがあったけど、どういうことっすか。
A これは「外国為替」の話だな。まず言葉の意味からみようか。「為替(かわせ)」とは「替えるを為なす」という意味で、現金によらずに決済・送金すること。国家間で行なう場合は、まず自国通貨を決済通貨に交換する必要がある。円をドルに替えたりユーロに替えたり、その逆をしたりするのは、いずれも外国為替だ。
Q 両替(りょうがえ)なのに、円売りドル買いなどと売買の言葉が使われるのは、おかしくないっすか。
A たとえばお前がコンビニでアイスを買ったとする。これは経済学的に言えば「円とアイスを交換した」ということになる。要は交換あるいは両替は経済学的には売買行為だ。だから円をドルに両替することは、「円を売ってドルを買った」ことになる。たとえばハワイに行くために羽田空港で円をドルに両替したら、「円売りドル買い」になるんだ。
Q へええ。そんな言い方すると、なんだか高度なことをしているような気になるっすね。では、最近の円安は「日米金利差」が理由だなんて言うのは?
A 日本は景気がなかなか回復しないので、金利が低いままだろう。その点アメリカは景気がよくて物価が上がっているので、これを抑えようと金利が高い。
Q つまり円をドルに替えて持っていた方が、お金が増える。そこで投資家たちが円売りドル買いをする。それって、「円はいらない、ドルが欲しい」というわけだから、ドルの需要(じゅよう)が増えて円の需要は減り、円安になるっていうわけっすか。
A おお、理解が早いな。その通りだ。円安が進むと輸出品(ゆしゅつひん)の海外での価格が安くなるから輸出産業にはプラスだ。だからトヨタなど自動車産業は空前の利益を上げた。
Q でも、円安だと輸入品の価格が上がるし、輸入産業はコストがかかって大変だ。すでに低価格が売りのステーキハウスなど経営が行き詰まるところが出ているようっすね。
A ここまで円安が進むと、「物価が上がって生活が苦しい」という不満の声が高まってくる。そこで政府は円安に歯止め(はどめ)をかけようと考えた。これが「為替介入」だ。政府が、この場合は財務省だけど、日銀に対して「ドルを売って円を買え」と指示したんだ。日銀は「政府の銀行」だと中学校の社会科で習ったろう。政府のお金は日銀に預けてあるので、その金を使えと指示したんだ。「政府・日銀は……」なんてニュースで言うから、まるで日銀が判断したみたいに聞こえるけれど、そうではない。日銀は政府の指示通りに売り買いしているに過ぎないんだ。
Q でもどうして政府は売るだけのドルを持っているんすか?
A ふだんのニュースでは、そこの説明がないからわかりにくいよな。ここで使われるのが、政府が持っている特別な財布=「外国為替資金特別会計」なんだ。
政府が持っている「特別な財布」
A まずは円高に歯止めをかけるときのことを考えよう。過去には1ドルが80円を突破するなど極端な円高になったことがあった。こういうときは、円高に歯止めをかけるため、政府が円を売ってドルを買う。
Q その金はどこから手に入れるんすか。
A それは、「政府短期証券」というものを民間の金融機関に売って円の現金を手に入れるんだ。「証券を売る」ということは、要は借金するわけだ。こうして手に入れた円を売ってドルを買う。
Q それで円高に歯止めをかけるというわけか。
A こうすると、政府は大量のドルを手に入れる。このドルを特別会計に入れておくんだ。そのままでは増えないので、アメリカの国債を買ったりしておく。アメリカの国債なら安全だと考えられているし、金利が高いのでお金が増えるだろう。
Q そうか、今回は、その逆をしたんすね。
A その通り。今回は円安に歯止めをかける必要があったから、財務省が特別会計に貯めてあったドルを売って円を買ったんだ。これで手に入れた円は、「政府短期証券」の買い戻しに使う。つまり借金の返済に使うんだ。
Q なるほど、ということは、政府は円高のときにドルを買った、つまりドルが安いときに買っておいて、今回ドルが高くなっているときに売ったわけだ。大儲けしたことになるじゃないすか。
A そうなんだ。これを「埋蔵金」と呼ぶ人もいる。つまり政府の財布に多額のお金が溜まっているんだから、これを国民に還元すべきだという声もあるくらいだ。
Q 今回、財務省は介入したかしないか明らかにしないという態度だったじゃないっすか。大幅な円高になったのだから、大規模な円買いドル売りがあったことは明らかでしょう。なんで明らかにしないんすか。
A これは外国為替の取引で金儲けしようという投資家を疑心暗鬼にさせるためだ。最初に急激に円高が進んだら、海外の投資家たちは、「日本政府が介入したのだろうか、それとも他の投資家がやって金儲けをしたのだろうか」と疑心暗鬼になるだろうというわけだ。疑心暗鬼になった投資家たちが「まだ他の投資家が円買いドル売りを仕掛けてくるかもしれないから、うっかり円売りドル買いをするわけにはいかない」と考えれば、円安に歯止めがかかりやすくなるというわけだ。このように政府が介入したかしないか明らかにしない方法を「覆面介入」という。
Q でも、いつまでも隠せるはずないっすよね。
A そうだな。今回の取引は政府が日銀に預けている預金から引き出しているので、翌日になって日銀の預金の減り方を見ると、2回合わせて8兆円規模の介入があったのだろうと推測することができるんだ。