池上彰のそこからですか!? 第612回 2024/04/12

第五次中東戦争」の危機

 これまで中東地域では第一次から第四次までの中東戦争が起きていますが、いまや「第五次中東戦争」の危機が迫っています。それは、イスラエルがシリアにあるイラン大使館を空爆(くうばく)したからです。

 この事件に関し、イスラエルは表向きノーコメントを貫いていますが、イスラエルが海外の要人を暗殺したりしたときには、いつも認めるとも認めないともコメントしていないのです。

 しかし、「ニューヨークタイムズ」は、イスラエルの当局者4人が匿名(とくめい)で「自国による攻撃だ」と認めたと報じています。イランは、「イスラエルの戦闘機がミサイル6発を使って空爆した」とイスラエルを非難。報復(ほうふく)を宣言しています。

 現場の映像を見ると、イラン大使館本館に隣接する建物が完全に崩壊しています。ここには当時イランの革命防衛隊の司令官らが滞在していたとされ、幹部2人を含む7人が死亡しています。

 攻撃された建物は、大使館の敷地にある領事館です。領事館とは、その国に滞在する国民を対象にした役所の役割をしていると共に、その国に行くことを希望する人へのビザの発給を担当しています。

 今回のイスラエルの攻撃は、明白な国際法違反です。在外公館の不可侵を定めたウィーン条約に違反しています。

 在外公館とは、大使館や領事館のこと。その建物と敷地は、その国の領土(りょうど)と見なされます。つまり現場がシリアであっても、イランの大使館や領事館を攻撃することは、イラン本国を攻撃したのと同等(どうとう)の意味を持ちます。イランが激怒(げきど)するのは当然のことでしょう。

 もっともイランも、1979年のイラン・イスラム革命の際、学生たちがテヘランのアメリカ大使館を襲撃して占拠したことがあるのですが。この事件をきっかけにアメリカとイランの関係は悪化。アメリカはいまもイランに対して経済制裁をしています。

 今回の事件は、イスラエルによる国際法違反ではありますが、領事館の建物だけを正確に狙っていることからイスラエル軍の練度(れんど)の高さがわかりますし、建物の中にイスラエルが狙って(ねらって)いた革命防衛隊の幹部がいることを掴んだ上で攻撃していることで、イスラエルの諜報機関の情報収集能力の高さがわかります。

 おっと、感心していてはいけません。今回の空爆で殺害された革命防衛隊の幹部の一人は、「コッズ部隊」の幹部と報道されています。「コッズ」とは日本のメディアが使っている表現で、イスラム教の聖地エルサレムのアラビア語表記である「アル・クドゥス(コッズ)」から来ています。エルサレムへの思慕(しぼ)の念がわかります。

 イランの「革命防衛隊」とは、最高指導者ハメネイ師直属の軍隊です。イランには徴兵制にもとづく政府軍が存在しますが、政府軍によるクーデターを恐れ、軍を監視する軍事組織として結成されました。「ジハードで死ねば天国に行ける」と信じている兵士たちによって構成されています。

「革命の輸出」を目指すが

 革命防衛隊は、軍のクーデターを防いでイラン・イスラム革命で成立した体制を防衛するものですが、もう一つの役割があります。それが「革命の輸出」です。

 イランはイスラム教シーア派の国家ですが、周囲をイスラム教スンニ派の国家に囲まれています。そこで自国を防衛し、影響力を強めるために「革命の輸出」を目指してきました。具体的には、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派などに軍事的支援をしています。またシリア国内ではアサド政権を支援し、自ら反政府勢力を攻撃しています。

 そのための革命防衛隊の特殊部隊がコッズ部隊なのです。イスラエルには対外諜報機関として有名なモサドがあり、モサドの暗殺部隊としてキドンが存在しますが、両者を合わせたような組織だと説明するとわかっていただけるでしょうか。諜報機関に興味のない人にとっては意味不明かもしれませんが。

 イランはイスラエルを敵視しています。イスラエルがイスラム教の聖地エルサレムを占領し、多数のパレスチナ難民を生み出したことに反発しているからです。

 これがイスラエルには脅威です。そこで、従来からコッズ部隊の幹部を狙った暗殺を中東各地で展開してきましたが、今回は様相が異なります。いわばイラン本国を攻撃したようなものだからです。

 いまイスラエルはガザ地区のハマス掃討(そうとう)に力を入れているはずなのに、さらに戦線を拡大しようとしているように見えてしまいます。

 今回殺害されたコッズ部隊の幹部のうちモハンマド・レザ・ザヘディという人物は、イランとヒズボラの橋渡し役だったとされています。イスラエルはヒズボラの弱体化を狙って暗殺したというわけです。

 というのも、イスラエルにとってヒズボラの存在が、次第に危険なものになっているからです。ヒズボラの拠点はイスラエルの北隣(きたとなり)のレバノン南部。イスラエルによるハマス攻撃を牽制しようと、ヒズボラはイスラエルへのロケット弾攻撃を強めています。その結果、イスラエル北部では約9万人が自宅に住めなくなり避難を余儀なくされています。この状況を打破したいのです。

 イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスの攻撃に手を焼き、ハマスによって連れ去られた人質の救出もままならずにいます。このため、ネタニヤフ首相を非難する声が高まっています。そんな状況を打開するためにはヒズボラやその背後のイランを叩く必要がある。ネタニヤフ首相は、おそらくそんな心境なのでしょう。でも、政治的延命のための大使館攻撃であっても、それが第五次中東戦争の引き金になるかもしれない。中東は、そんな危機的状況なのです。