池上彰のそこからですか!? 第605回 2024/02/23
「トイレなきマンション」どうする
Q 今回のタイトルの「トイレなきマンション」って、何のことっすか。そんな欠陥マンションだったら、誰も入居しないっすよね。
A これ日本のことなんだ。
Q なんと! どういう意味すか?
A 日本の原子力発電所の現状を語るときに、このたとえが出る。原子力発電所を運転していると、使用済みの核燃料が出るだろう。ところが、これを最終処分する場所がない。これを「トイレなきマンション」と呼ぶんだ。
Q でも、原子力発電をしていれば、使用済みのゴミが出るのは当たり前のことじゃないすか。その処分場が決まらないまま運転を続けているんすね。どうして?
A そもそも原子力発電を始めれば核のゴミが出ることは最初からわかっていた。でも、それをどう処分すればいいか決まらないまま、見切り発車したんだ。これは日本ばかりでなく、世界各国とも同様なんだ。それでもフィンランドやスウェーデンは最終処分場(さいしゅうしょぶんじょう)を決めることができたんだが、あとはみんな苦労している。とりわけ日本の場合は二重に困難に直面しているんだ。
Q どういうことっすか?
A 原子力発電所ではウランを燃料にしている。このウランが核分裂をして熱を出すんだが、使用済み燃料には、核分裂しなかったウランと、ウランの一部が変化したプルトニウムが含まれている。そこで、ウランとプルトニウムを分離すれば、再利用できるというわけだ。これを「核燃料サイクル」と呼ぶ。
Q 再利用できるんすか?
A そこなんだ。理論上は可能なんだが、この再処理工場が、いまだに完成しないんだ。
Q じゃあ、前から建設はしているんすね?
A 青森県六ヶ所村に日本原燃という会社が再処理工場を建設中だ。日本原燃というのは、大手電力会社9社などが出資して作られた会社。ここが、各電力会社が運転している原子力発電所から出る使用済み核燃料を再処理することになっている。ところが、着工から31年も経ったのに、まだ完成していない。当初は1997年に完成する計画だったんだが、技術的な困難があったり、原子力規制委員会に提出した書類にミスがあったりして、次に完成延期が決まれば27回目となる。今年中には完成するというんだが。
Q 日本は技術大国だと言われているのに、こんなことがあるんすね。
A 完成予定が延びれば建設費も増える。当初は7600億円を見込んでいたんだが、いまや3兆1000億円にまで膨らんでいる。
Q まるで関西万博の建設費増大みたいじゃないっすか。なんで日本はこんなことを繰り返すのか。悔しくないっすか。
A 本当だよな。しかも使用済み核燃料から核のゴミを分けることができても、これをどこで最終処分するかが決まっていないんだ。
北海道の2町村が名乗りを上げたが
Q 最終処分て、どうするんすか?
A 核のゴミは大量の放射線を出して極めて危険だ。そこで、絶対に漏れ出さないように厳重に閉じ込めた後、地中(ちちゅう)に埋めることにしている。放射性物質というのは最初は放射線を大量に出していても、次第に放射線を出さなくなる。いま問題になっている核のゴミが、人間に危険でなくなるまでには約10万年(じゅうまんねん)かかると言われている。
Q 10万年! それまでどこに埋めるんすか?
A そこなんだ。これを担当しているのは日本原燃(げんねん)ではなく、「原子力発電環境整備機構」(NUMO)だ。「うちに埋めていいですよ」と言い出す自治体がなかなか出ないものだから、政府は交付金をエサにした。
Q 受け入れたらお金を出すというヤツすね。
A 受け入れると名乗りを上げた自治体(じちたい)に対しては、「文献調査」と「概要調査」それに「精密調査」の3段階に渡って調査が進む。全体で約20年かかるそうだ。
Q 名乗りを上げると、どうなるんすか。
A 文献調査を受け入れると、国から最大20億円の交付金が出る。さらに概要調査に進むと最大70億円の交付金が出る。
Q うっひゃー。過疎地の自治体には魅力的な金額じゃないすか。
A これまでに北海道の寿都町(すっつちょう)と神恵内(かもえない)村が名乗りを上げた。その結果、3年かけた文献調査が終わり、どちらの町村も概要調査の候補地になるとNUMOが発表した。
Q では、いよいよ次の段階に進むんだ。
A そう簡単じゃないんだ。概要調査に進むには、町村長(まちそんちょう)と北海道知事の同意が必要になる。両町村長は同意するかどうか住民投票などで決める意向を示している。一方、北海道知事は反対の態度を示しているので、この先は見通せない。
Q どうするんでしょうねえ。
A そこで思い出すのはフィンランドの取り組みだ。地下400~450メートルに処分場を作ったんだ。ここに使用済み核燃料を埋設(まいせつ)する。フィンランドは、出てきた使用済み核燃料を再処理しないで、全部そのまま埋めてしまう。これなら日本のような問題は起きない。
Q 地元の自治体にはどれくらい交付金が出たんすか?
A そこなんだ。取材に行ったとき、地元の町長に聞いてみた。そうしたら、そんなお金は出ないという。「私たちは原子力発電の恵みを受けてきた。だから処分場を受け入れる責任がある」というんだ。いやあ、頭が下がったね。反対はなかったんですかと聞いたら、「政府も担当する企業もすべての情報を公表しているので、みんな信頼している」という答えだった。フィンランドは、原子力発電を続ける資格があると思ったね。
Q それに引き換え、我が国は、というわけっすね。ため息がでますねえ……。