池上彰のそこからですか!? 第600回 2024/01/19
今年最大のリスクはアメリカだ
世界のさまざまなリスクを調査している「ユーラシア・グループ」は、1月8日に「今年の10大リスク」を発表しました。「ユーラシア・グループ」は1998年にアメリカで設立されたコンサルティング会社。世界の地政学リスクを専門に扱っています。毎年1月に、その年に予想されるリスクを発表しており、その分析力には定評があります。そこで、今年はどんなリスクが待ち構えているかを見てみましょう。
今年最大のリスクは「米国の敵は米国」というものです。アメリカは国内で民主党と共和党の対立が激しく、分断が進んでいます。「二大政党の大統領候補は、いずれも大統領に不適格だ。ドナルド・トランプ前大統領は何十件もの重罪で訴追(そつい)を受けており、その多くは在任中の行動に直接関連している。最も重大なのは、自由で公正な選挙の結果を覆そうとしたことだ。米国の選挙戦は現在のところ、安定し、十分に機能している民主主義国家のものからはほど遠い。ジョー・バイデン大統領は2期目終了時に86歳になる。米国人の大多数は、どちらも国のリーダーにはしたくないと考えている」
今年11月の選挙でバイデンが勝てば、トランプは再び「選挙は不正だ」と言って、結果を受け入れないでしょう。一方、トランプが勝てばバイデンは敗北を認めるでしょうが、支持者たちは認めず、大きな混乱が起きるだろうというわけです。
第2位のリスクは「瀬戸際に立つ中東」です。イスラエルとハマスの戦闘が続いていますが、「現在のガザでの戦闘は、2024年に拡大する紛争の第一段階に過ぎない可能性が高い」というわけです。イスラエルとレバノンに存在するイスラム教シーア派の武装組織ヒズボラとイスラエルの戦争が本格化すれば、それは中東の悪夢になってしまいます。
第3位のリスクは「ウクライナ分割」です。報告書は、以下のように断言します。「ウクライナは今年、事実上分割される。ウクライナと西側諸国にとっては受け入れがたい結果だが、現実となるだろう」
アメリカのウクライナ支援が止まり、ウクライナは武器不足に悩まされています。いまのままではロシアを打ち破るどころか、ロシアに敗北を喫してしまうリスクが迫っているのです。
「ロシアは現在、戦場での主導権を握っており、物的にも優位に立っている。今年さらに土地を獲得するかもしれない。2024年は戦争の転換点となる」というわけです。世界は、この結果に耐えられるのでしょうか。
リスクの4番目は「AIのガバナンス欠如(けつじょ)」です。AIは急速に進化していますが、世界各国の管理や規制は後手(ごて)に回っています。さまざまなフェイクニュースも民主主義社会にとって大きなリスクです。
ロシアは「最近、生成AIを使ってウクライナのゼレンスキー大統領に関する偽のストーリーを(中略)拡散し、これを共和党議員らは米国のウクライナへの支援継続を支持しない理由として引用した」というのです。差し迫ったリスクです。
世界はリスクだらけ
5番目のリスクは「ならず者(ならずもの)国家の枢軸(すうじく)」です。「ロシア、北朝鮮、イランという世界で最も強力なならず者国家3カ国は、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、協力関係の強化に努めてきた。(中略)彼らは今日の地政学的秩序を混乱させる存在であり、既存の制度やそれを支える政府や原則を弱体化させようと躍起になっている」
[ならず者】[0]正業を持たず、悪い事ばかりする人。ごろつき。
6番目は「回復しない中国」です。住宅バブルがはじけた中国経済は復興の気配がありません。それは、習近平国家主席の厳しい締め付けによって、中国の「アニマル・スピリット」が消えてしまったからだというのです。中国経済が復活しないと、世界経済には大きなリスクになります。
アニマルスピリッツという言葉は、経済学者ケインズが使用した言葉で、一般的には(企業家の)野心的な意欲などと訳されており、不確実な状況下を切り抜ける企業の経済活動の原動力になるものとして注目されています。
そして7番目は「重要鉱物(こうぶつ)の争奪戦」です。ITやクリーンエネルギー、バイオテクノロジーなどの「必須原材料の生産地は一部の地域に偏っており、リチウム(オーストラリア)、コバルト(コンゴ民主共和国)、ニッケル(インドネシア)、レアアース(希土類(きどるい)、中国)は、世界の採掘量の半分以上が一つの国からのものである。一方、重要鉱物の60%から90%は中国で加工・精製されている」ので、こうした国が輸出を止めると、世界は大打撃を受けるのです。
8番目は「インフレによる経済的逆風(ぎゃくふう)」です。しぶといインフレを退治するために世界各国は金利を上げますが、それは経済成長を鈍化させてしまうリスクがあるのです。
9番目は環境問題、「エルニーニョ再来」です。南米ペルー沖で海水温が高くなるエルニーニョ現象下では「太平洋の海流や風の温度上昇により地球の気温が上昇し、熱波(ねっぱ)、干ばつ、暴風雨、洪水などの異常気象の頻度と規模を増大させる」というわけです。暗い予測ばかりです。
10番目のリスクは、再びアメリカです。「分断化が進む米国でビジネス展開する企業のリスク」というものです。「米国では政治と政策の二極化(にきょくか)が進み、党派によって国内市場が分断されつつある」
たとえばフロリダ州は小学校3年生までは教室で性的指向や性自認について触れることを禁止する法律を制定。これをディズニーが批判すると、知事はディズニーに対する税の優遇措置(ゆうぐうそち)を停止しました。
またトランスジェンダーのインフルエンサーがインスタグラムでビールのバドライトを宣伝したところ、全米の保守派がバドライトの不買運動を展開し、売り上げが激減しました。
「LGBTQの権利や教育政策、さらには企業が現場の従業員に予防接種を義務付けることができるかどうかなど、さまざまな問題で共和党州と民主党州がますます対立し、企業がすべての州で事業を展開するためのコストが高くなっている」というのです。結局は、アメリカの分断が問題になっているのです。