池上彰のそこからですか!? 第599回 2024/01/11

いよいよ台湾総統選挙

Q 今週末の13日は台湾総統選挙の投票日だそうですが、わからないことがいくつもあるんすよ。

A 相変わらずの話し方だなあ。何がわからない?

Q いま政権を握っている民進党の後継候補として立候補しているのが頼清徳氏、野党の国民党は侯友宜氏で、民衆党は柯文哲氏が立候補しているという。野党の国民党を中国共産党が応援しているというけど、そもそも台湾の国民党って、中国大陸で共産党と戦って負けたんすよね。つまり敵同士のはずなのに、なぜ国民党は親中で、共産党は国民党を応援しているんすか。

A おお、新年早々いい質問だな。では、台湾の歴史から解きほぐしていこうか。そもそも台湾は、かつては中国大陸に存在した清という国の一部だった。

Q 日清戦争で勝った日本が台湾を分捕ったんすよね。

ぶん‐ど・る【分捕る】ぶん‐ど・る【分捕る】〔他五〕 ①戦場で敵の首を取り、また、武器・武具を奪う。「敵の戦車を―・る」 ②他人のものを奪いとる。強引に獲得する。「予算を―・る」

A ちょっと乱暴な言い方だけど、勝った日本は清から賠償金を取ると同時に台湾の割譲(かつじょう)を受けた。1895年のことだ。

Q へええ、「割譲」なんて言い方するんだ。

A 日本が初めて獲得した海外の植民地だから、日本は台湾のインフラづくりに力を入れた。

Q でも、台湾にもともと住んでいた人たちは、自分たちの意思に関係なく日本になってしまったんだ。抵抗はなかったんすか。

A もちろん日本の支配に抵抗する人たちはいたけど、日本軍は厳しく弾圧した。その上で、農地の灌漑設備を整備したり、学校を建設したり、鉄道を敷設(すせつ)したりして、インフラを日本の内地並みにしようとした。このことはいまの台湾も評価していて、子どもたちが学ぶ教科書は、日本による異民族支配を否定的に描く一方で、日本の支配によって識字率が向上し、衛生観念も発達したと肯定的にも記しているんだ。

Q そこが不思議。日本に支配されたといえば、韓国も同じなのに、韓国では反日意識を持っている人が多いけれど、台湾の人の多くは親日でしょ。どうして?

A おお、これまたいい質問だな。韓国の場合は、日本が第二次世界大戦に敗北して撤退した後、大統領になった李承晩が、人々がすっかり“日本化”されてしまっているのに驚き、徹底的な反日教育をしたんだ。いまもそれが残っている。

 一方、台湾は、日本の支配が終わった後にひどい目にあって、相対的に「日本は良かった」と思う人が多かったんだ。

Q 日本が戦争で負けて台湾から引き揚げたら、中国大陸を支配していた中華民国が来たんすよね。

A 中華民国は国民党の一党独裁で、腐敗しきっていた。台湾にやってきた国民党は、財産を片っ端から自分のものにしてしまう。台湾の人が怒ると、大陸から援軍を呼び、徹底的に弾圧。約2万8000人が殺害されたという。こんな目にあったので、「国民党の支配よりは日本の方が良かった」と思う人が多く、これが親日意識につながったんだ。

親中になった国民党

Q でも、なぜ国民党は親中に?

A 大陸で中国共産党と戦って敗れた蒋介石総統率いる国民党は、かろうじて自分たちが支配していた台湾に逃げて来た。その後も「中国は中華民国という一つの国だ」と主張し続けた。一方、共産党は「中国は中華人民共和国という一つの国だ」と主張した。

Q へええ、どちらも「中国は一つ」という点で同じなんだ。

A 第二次世界大戦後に成立した国連に加盟していたのは中華民国だったけど、1971年、国連総会で「中国の代表は中華人民共和国」という決議があり、台湾は国連を脱退した。1975年に蒋介石が亡くなると、のちに息子の蒋経国が総統の座を継ぎ、続いて李登輝総統が誕生。蒋介石時代は国民党の一党独裁だったけれど、蒋経国は台湾の民主化を容認。李登輝の時代に複数政党制が導入され、民進党(民主進歩党)が合法化(ごうほうか)された。蒋介石は「自分は中国人だ」という意識が強かったけれど、李登輝は台湾出身で、「自分は台湾人だ」という意識が強く、台湾の民主化を一層進めた。国民党と違って民進党は主に台湾出身者によって作られ、「台湾独立」を主張した。政権を取ってからは「独立」という言葉を封印しているけど。

Q そうか、民進党に対して、国民党も共産党も「中国は一つ」という点で一致したんだ。

A お、理解が早いな。こんなに理解が早いのは、著者のご都合主義なんだろうけど。中国共産党にしてみれば、民進党が政権を維持していると、そのうちに台湾が独立してしまうのではないかと恐れたんだ。その点、「中国は一つ」という主張が同じ国民党が台湾を統治していれば、台湾を失うことがない。さらに……。

Q そうか、現代版「国共合作(こっきょう‐がっさく)」だ。かつて日中戦争のときに互いにいがみあっていた国民党と共産党が一緒になって日本と戦った。両者が再び一緒になろうというわけっすね。

 そこで、もう一つの質問。中国は、あんなに巨大な面積の大国なのに、なんでまた台湾のような島を欲しがるんすか。

A また、いい質問だな。習近平国家主席には、かつて世界の列強によって奪われてきた領土を取り戻したいという野心と悲願がある。イギリスとのアヘン戦争に負けて香港を奪われ、続いてポルトガルにマカオを奪われた。さらに日本に台湾を取られた。それは中国が弱かったからだ。いまは違う。経済力でも軍事力でも世界トップレベルに成長した。日本に取られてしまった台湾を取り戻してこそ、かつての栄光の中華帝国を復興できる、と考えているんだ。

 さらに「建国の父」として敬われる毛沢東ですら台湾を取り戻すことができなかったが、自分なら可能だ。取り戻して、毛沢東を超える実績を確保して歴史に名を残したい。これが習近平の野望なんだ。