池上彰のそこからですか!? 夏のスペシャル対談 後藤 謙次 2024/08/14
「岸田首相“談合再選”の裏シナリオ」|後藤謙次(ごとう ケンヂ)×池上彰
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後藤謙次
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池上彰
決戦、迫る。敗色濃い岸田総理、その再選の秘策。石破総理誕生の可能性。小泉進次郎氏は、小林鷹之(こばやし たかゆき)氏は――。裏金問題の余波厳しく、本命なき混迷が続く総裁選を、池上彰氏と政治取材42年の後藤謙次氏が、徹底予測。
池上 自民党総裁選が、いよいよ来月に迫りました。
後藤 かつて、総裁選を何度も経験した竹下登元総理が「一度として同じ色はなかった」と言ったのを思い出します。「立候補者の組み合わせ、時代的な背景、党が置かれた状況は全部違う。その都度(つど)、新しい形の総裁選が生まれる」と。
今回の特徴は、内閣支持率の低迷が続く総裁の交代を視野に入れて動いてきたことです。これまでの総裁選は常に現職が強く、再選を前提として行なわれてきました。大きな違いです。
池上 岸田総理は8月頭(あたま)時点で、去就(きょしゅう)を明らかにしていません。かといって決定的な対抗馬(たいこううま)もいませんね。
後藤 本命なき混迷というか、貧打戦(ひんだせん)というのか。
池上 世論調査の支持率などからは敗色濃厚ですが、岸田総理は逆転サヨナラ を狙っているんでしょうか。
後藤 総裁選を大学受験に例えますと、2科目試験です。1科目めは、全国にいる党員の支持。2科目めは、国会議員の票。岸田さんは両方とも“傾向と対策”に取り組んできませんでした。
池上 党員に対する働きかけも、国会議員の多数派工作もやっていない。
後藤 私が「今回の受験は駄目なんじゃないか」と古参(こさん)の自民党職員に言ったところ、こう返されました。「推薦入学というのがあるんですよ」。
池上 試験を受けずに合格できる方法があると?
後藤 大胆な仮説ですけれども、党内で談合が成立したら、続投はありえます。岸田総理との間に隙間風(すきまかぜ)が吹いていると言われる麻生太郎(あそ たろう)副総裁、茂木敏充(もてぎ としみつ)幹事長ともう一度組んで、国会議員の多数派形成に向かう可能性は、ゼロじゃないなと思うんです。
(左から)茂木敏充幹事長、岸田総理、
池上 茂木さんは、立候補に意欲的だと言われます。
後藤 不人気ですし、幹事長の出馬は“明智光秀”だと批判を受ける。けれども出る姿勢を見せ続けることにより、自分の値打ちと交渉力が高まるわけです。今回の総裁選後に麻生さんと茂木さんが力を維持するために残されたカードは、岸田さんしかないんです。
池上 それが推薦入学ですか(苦笑)。麻生さんと茂木さんが談合に応じる条件は何ですか。
後藤 岸田総理が就任した際に役員の任期を事実上3年に制限しましたから、2人とも来月でお役御免になります。次の行き場所について、党幹事長の茂木さんについては政府側に副総理というポジションで処遇する。党副総裁の麻生さんについては、同格の役職を作って副総裁室を継続使用させる。おそらく、憲法改正の党側のトップである憲法改正実現本部長です。
池上 最近、岸田さんがしきりに憲法改正を口にするのは、大義名分作りですか。「副総裁並みのポジションですから」と頼まれれば、嫌だと言えない。上手い(うまい)な。
後藤 そういうアイディアも現に進行中です。岸田さんが受験の準備を怠って(おこたって)いるのは、別の傾向と対策に熱心なせいじゃないかと。
池上 自己推薦の総合型選抜ともいえそうです(笑)。世論調査をすれば必ず人気1位になる石破茂(いしば しげる)さんは、出るんでしょう?
後藤 「次の総理にふさわしい人」に“エントリー期間”があるとすれば、歴代最長でしょうね(笑)。過去に4度出馬して全敗(ぜんぱい)しているのは、党員人気は高いのに、国会議員の支持が得られないからです。
現職総理の敗戦は一度だけ
池上 党内への率直な物言いが「後ろから弾(だん)を撃つ」と批判されて、立候補に必要な20人の推薦人集めにさえ苦労してきました。
後藤 一方で岸田さんの推薦入学における難関(なんかん)は、党員投票です。現職総理が2番手になったら、決選投票に残る資格がないという声が出てきます。逆に、ここで石破さんがドーンと票を稼げば、国会議員が一気に雪崩(なだれ)を打つ可能性がある。問題は、一度は党を出るなど石破さんが積み重ねてきてしまった負債を、自民党の議員たちが“なかったこと”にできるかどうか。
石破茂氏、5度目の正直なるか
池上 しかし、石破総理誕生で自民党の支持率が上がれば、自分の次の選挙が有利になる。過去の遺恨は忘れてあげましょうと、手の平を返すことはありえますね。その他の候補者についてはどうでしょう。
後藤 総理周辺が最も気にしているのは小泉進次郎さんです。これまでは父の小泉純一郎元総理が「50歳までは総裁選に出るな」と言ってきたとされていましたが、ここに来て進次郎さんに「自力で推薦人20人を集めて、総理になってこれがやりたいというものがあれば出ろ」と言っているようです。あるいは、最近よく名前が取り沙汰される小林鷹之さんは、顔見せとして露出を増やしているだけでしょう。仮に出たとしても、背後に甘利明さんや谷垣禎一さんといった年長者の影がチラついているので“じいさん主導型候補”と揶揄されることになる。
小泉進次郎氏、推薦人確保が課題
現職総理が総裁選に負けたのは過去一度、福田赳夫(ふくだ たけお)総理が幹事長の大平正芳(おおひら まさよし)さんに敗れたときだけ。田中角栄さんの協力で、現職の福田さんを圧倒しました。
池上 1978(昭和53)年ですね。党員投票による予備選が初めて行なわれて、大平さんが大差をつけました。事前に「予備選で差がつけば、2位の候補は辞退すべきだ」と語っていた福田総理は、「天の声にも変な声がたまにはある」と敗戦の弁を述べて、本選を辞退しました。
後藤 現在の党則では、党員票と国会議員票を同時に開票するのがルールです。でもここが“自由”民主党たる所以で、実際は都道府県連が党員票の集計を先に行ないます。県連会長のほとんどは国会議員ですから、開票結果は議員投票の前に伝わってくるんです。
池上 支持率の低い岸田さんが、党員投票で2番手以下になる可能性は否定できませんね。推薦入学制度を利用して、国会議員票で一発逆転を狙う手はあるでしょうが、たとえ勝っても最初から信認のない形式的な総裁になってしまいます。内申点が悪いのに推薦で入ってしまえば、入学後に苦労しそうです。
後藤 ひとつ秘策もあります。総裁の権限というのは総裁選においても非常に強くて、ホームタウンディシジョンどころの有利さではありません。まず、選挙日程を好きなようにできる。
池上 総裁公選の規程によると、9月20日から29日の間に議員投票をやらなければならない、と決まっていますね。
後藤 実はその期間に、ニューヨークで国連総会があるんです。岸田さんは、現職総理としての出席を強く望んでいます。先に投票を行って負けてしまえば、自民党総裁ではなくなり、ニューヨーク入りは断念することになります。
池上 外交が得意だと自任している岸田さんにとっては、屈辱(くつじょく)ですね。
後藤 さらに今年は、国連総会の前に岸田総理が力を入れている核廃絶の首脳級会合があり、加えて民主党の大統領候補になったハリス副大統領との会談の可能性も探っています。だからいま、国連総会出席前の20日投票説と、出席後の27日投票説が流れています。岸田さんがどっちを選択するかによって、総裁選の帰趨が見えてきます。
池上 これまでの総裁選では、派閥ごとの票読みも可能でした。派閥が解散されたことになった今回は、違う展開になるでしょうか。
岸田総理自身が携帯で…
後藤 まだ過渡的だと思います。派閥という枠組み(わくぐみ)は、実線ではなくなったにしても、点線で残っているような気がするんです。既に二階派は当選回数別の意見交換会を始めましたし、派の幹部は「そろそろ良いだろう」と言っています。こともあろうに岸田派は、7月30日の夜に幹部が集まったと報じられています。
池上 自民党は過去に何度も、派閥の解消を謳って(うたって)は復活させてきましたからね。解散式や事務所の看板を下ろすセレモニーは、見慣れた光景です。
後藤 また実線に戻るのか、点線が消えてなくなってしまうのか。今回は、その分水嶺(ぶんすいれい)にもなると思います。
実は岸田さんの続投論には“裏シナリオ”があるんです。「岸田さんの続投なら来年まで衆院解散なし」というものです。これは自民党議員の多くが望んでいます。堀井学(ほりい まなぶ)衆院議員、広瀬めぐみ(ひろせ めぐみ)参院議員が捜査対象となり、ますます党に逆風が吹いていますから。
池上 岸田さんが自派閥の宏池会(こうちかい)解散を突然宣言したことを、後藤さんは「総理のクーデター」だと書きましたね。裏金問題で追い詰められた中での窮余(きゅうよ、 desperation)の一策でした。
後藤 もっと戦略性をもっていれば現状は違っていたと思います。他派閥まで解散させたからには、総理総裁の立場で「君らの意見を聞きたい」と若手議員をどんどん官邸へ呼べば、おのずとグルーピング(grouping)でき、傾向と対策にもつながったはず。岸田さんはそれすらしないので、相変わらず第4派閥の勢力のまま総裁選を迎えることになりました。
3年の政権を振り返っても、第4派閥の出身であるがゆえに立場を守るのに懸命で、独自の政策がありません。「新しい資本主義」と打ち出したけど、結局誰にもわからなかった(笑)。
池上 アベノミクスからの脱却という意味だろう、と受け止めたんですけど。
後藤 結局、安倍政権の落穂拾い(おちぼひろい)的なことをやっているうちに、3年が過ぎてしまいました。一番の問題は、自分のカラーを出せなかったことです。総裁選で外せない論点は、「岸田政権3年の総括」にあります。
池上 岸田さんには、側近議員が少ないでしょう。
後藤 そのせいで肉声も漏れてきません。実はいま、総理大臣自身が携帯で懇意な記者の電話取材に応じるという極めて珍しい形になっている。「岸田首相が周辺にこう漏らしている」という記事の「周辺」は、多くが新聞記者なんですよ。
池上 アドバイザリーグループ(advisory group)もいませんよね。
後藤 開成高校の同窓生だけじゃないですか。あとは財務省系の官僚です。
池上 裏金問題で離党に追い込まれた安倍派座長の塩谷立(しおのや りゅう)衆院議員が「岸田総理から『自民党の窮状だから、やむを得ず処分した』とひと言あれば、『はい、わかりました』と言ったかもしれない」と不満を述べていました。泣いて馬謖を斬る(泣いて馬謖を斬る 【ないてばしょくをきる】)ような心配りをしていれば快く辞めたでしょうに、納得できずに離党させられたものだから、塩谷さんは岸田さんの責任をずっと問い続けています。
後藤 政界のドンと呼ばれた金丸信(かねまるしん)元副総裁の語録に「政治というのは背中を叩いているように見えて、さすっていることが多いんだ」というのがあります。岸田さんにそれがないため、反発と不満が溜まるんです。
池上 上手い言葉だな。
後藤 裏金問題の処分は、非常に不明朗でした。党の役職停止処分を受けた萩生田光一さんも、党本部と都連は違うという強弁で都連会長を続投し、都議補選で惨敗してから辞任を表明したので、さらなる十字架を背負うことになりました。誰も救われていない感じがしますね。
池上 岸田さんには敵がいないと思っていたんですけれど、総理大臣になってみたら、結構冷たい人だなと感じるんです。
後藤 他人の感情に、あまり関心がないのかもわかりませんね。
池上 逆に、岸田さんのことが大嫌いだという敵もいないんですよね。
後藤 誰からも、敵だとみなされてこなかったせいですよ。だから安倍さんも安心して、外務大臣を約5年も任せたんでしょう。敵のいない真空地帯からフッと浮かび上がってきたのが、今日の岸田さんなんです。唯一の敵は、菅義偉前総理。
池上 月刊『文藝春秋』で宣戦布告しましたからね。事実上の退陣要求でした。
後藤 でも僕は、あれは総理経験者として不届きだと思っているんです。菅さんがあれを言ってしまうと、“怨念の連鎖”が始まる。バイデン対トランプみたいに感情論が先行し、政治をどうするかという本質の議論がなくなってしまいます。
菅義偉前首相
池上 いま解散総選挙になったら、自民党は政権を失いますか?
後藤 私は維持すると思います。自民党には連立政権という逃げ道がある。比較第一党である限り、新たな連立の枠組みを作って生きながらえていくでしょう。
池上 イギリスでは政権が交代しましたが、労働党がいいというより、これまでの保守党がとにかく酷かった(ひどかった)。フランスの総選挙でも、マクロン大統領への不満から右翼政権になりかけたのを、決選投票で、左派への揺り戻しが起こりました。イギリスは左、フランスは右というのではなく、どちらの国民も現状を変えたかったんです。
同期入社の2人からの箴言(しんげん)
後藤 イランですら、改革派のペゼシュキアン大統領が誕生しましたからね。変革の波は日本にも入り込んでいて、それが都知事選における石丸伸二(いしまる しんじ)現象だったと思います。
池上 この閉塞感を上手く利用したポピュリズムが出てくると、危険です。ポピュリスト的でない打破をしなければいけないのに、その力のある政治家が見当たりません。
後藤 世界の潮流の中で、日本の政治はワンテンポもツーテンポも遅れてしまいました。現体制に限界が来ているんだけど壁を打ち破れない、不幸な状況にある。
池上 後藤さんと私は、同じ時代を生きてきましたからね。
後藤 私は一浪したので、池上さんがNHKに入ったのと同じ1973(昭和48)年に、共同通信に入社しました。当時のマスコミは、パワハラの巣窟みたいな世界でしたね(笑)。
池上 「お前なんか辞めちまえ!」とか。
後藤 そんな中にも、男気があったり後輩を育てようという先輩がいました。
実は、最近の政治ニュースで私が一番驚いたのは、朝日新聞が6月から「首相動静」欄を時事通信の配信に委ねたことなんです。いま朝日の「首相動静」は、編集作業が加わらないためにメチャクチャ長くなっています。朝日は総理番取材を放棄してしまったのかな。
池上 大事な点です。官房長官記者会見でも、記者たちはひたすらパソコンでメモ取りをやっているでしょう。官房長官がどんな顔をしてその発言をするのか、感情の起伏を読み取らなきゃいけないのに。
後藤 その場にいる意味がないですよね。リーダーの喜怒哀楽(きどあいらく) は大切な政治情報ですから。総理の会見は、司会が内閣広報官なんです。私が官邸キャップをやっていた当時は司会なしで、幹事社のキャップが運営していました。いまや質問者の指名権を内閣広報官に委ねている。
池上 他の省庁でも記者会見は記者クラブの主催です。記者側が大臣を呼んで話を聞くはずが、主導権を奪われてしまっています。
後藤 挽回する努力をしなきゃいけないんですが、メディア側の体力もなくなってきました。ネット中心ですべてがスピーディになって、聞いたら即原稿をアップしなきゃいけない。その代わり、政治を長く、深く取材する記者がどんどん減ってきた。いまのメディアは、国民の知る権利の代表者たる務めを果たしているのかな、と心配です。
池上 政治記者歴42年の後藤さんの使命と存在価値は、ますます大きくなりますね。
(構成 石井謙一郎)