林真理子 夜ふけのなわとび 第1864回 2024/11/08

残念

 最近これには驚き、そして腹が立った。

 何かって国連女性差別撤廃委員会である。

 日本に対して、選択的夫婦別姓の導入と、「男系男子」の皇位継承を定めている皇室典範の改正を勧告したという。

 私は若い頃、夫婦別姓について声高(こわだか)に叫ぶ人たちに対し、正直、

「めんどくさそう」

 という感想を持っていた。

 夫の姓だと不便、という言い方ならわかるが、

「違う姓になると、私のすべてのアイデンティティが失われる」

「今まで生きてきた人生、すべて否定されるのと同じ」

 etc……。大げさだなあと思っていた。私は結婚して2つの姓を使っていたが、本名、つまり夫の方を使うのはいろいろ隠れ蓑(かくれミノ)になって都合がいい。そんなにいきりたたなくてもいいのでは……というのが当時の感想であった。

 しかし時代は変わり私も変わった。

 そろそろ本気で、夫婦別姓やらなくてはマズいでしょ、と私が思っていた矢先、この国連からの勧告である。

「ああ、そうですね。確かにそのとおりですね」

 と素直に従う人が何人いるだろうか。夫婦別姓は近いうちに実現させなくてはいけないと思うが、それは私たちの政府において、私たちの議論で進めることである。勧告は全く、余計なお世話である。

 ましてや皇室典範の改正だなんて、失礼にもほどがあるではないか。皇室のことをどこかで聞き囓ったのか。これには政府も抗議したらしいが、ヒトさまの国の皇室に関してクチをはさんでくるなんて、国連はそんなにえらいのだろうか。

 こんなことをしているヒマがあったら、なぜロシアやイスラエルによる殺戮をとめないのか。私はロシアのネベンジャ国連大使を見るたびに、テレビの画面に何か投げつけてやりたくなる。

 このあいだは平気で、

「北朝鮮兵士の派遣は真赤なうそ」

 と言っていたのに、最近は国際法に沿ったものだ、と居直っている。

 が、この人も心の中ではさまざまなことを後ろめたく思っているのだ。そうでなかったら、ずっと下を向いたまま、あんな早口で喋るわけない。

 とにかく女性や子どもへの殺人行為をやめさせることが出来ない人たちが、したり顔でよその国の、夫婦別姓や皇室について何のかんの言うのは非常に不愉快だ。安全保障理事会と、その女性差別撤廃委員会とは違う、と言われても私は納得出来ない。

 さて、これ以外にも腹の立つことは山のようにあり、口惜しさのあまり眠れない夜もある。

 そんな時は楽しいことを考えるようにする。友だちとやるハロウィンパーティーにはどんな仮装をしようかなあ、ということだ。

 この連載の読者の方だったら、私が遊びにどれほどのエネルギーを費すか知っているはずだ。特にコスプレとなると私は燃える。催しものできゃりーぱみゅぱみゅ、ピコ太郎などに扮し、人々の絶賛を浴びたのは記憶に新しい。特にピコ太郎はカツラもかぶり、踊りもマスターした。動画を見せたところ、本物だと思った人が何人もいたほどだ。

「それで、今年はマリコさん、何にするの?」

 週に一度のバレエヨガで、皆に聞かれた。

「もちろん北口榛花(きたぐち はるか、主攻標槍(しゅこうひょうそう))さんよ。あの人は今年の顔だもの。タンクトップ着て、何か持とうと思って……」

 一瞬みながシーンとした。いろいろなことを想像したに違いない。北口さんの二の腕ははちきれそうであるが、すべて筋肉で出来ている。だからカッコいい。しかし私の場合は、ぜい肉で揺れるだけ。

マリコさん、この頃……

「マリコさん、そこまでカラダ張ることないよ」

 ヘアメイクのヒロミさんが言った。

「ちゃんとジャージ着なよ」

「そうだね……」

「私がちゃんとヘアメイクしてあげるから」

 ということで、ジャージを買いに原宿へ。日曜日とあってものすごい人だかりである。私はスマホで調べたスポーツ用品ショップをいくつかまわる。

 しかしどの店も若い人仕様になっていて、狭いフロアに階段が急。エスカレーターはおろかエレベーターもない。

「女性用のウェア、どこですか」

「3階です」

 3階にたどりついてもサイズがない。細っこいのばかり。また階段を下りて別の店へ。ようやく真赤なジャージのトップスを見つけた。これに合わせて派手なレギンスを揃えたいところであるが、もう気力体力なし、通販で買うことにした。ついでに髪飾りも、秘書のセトに頼んだ。

「若い人がするみたいなのを、アマゾンで選んで買っておいて」

 彼女は、北口さんの画像を見て蝶々のものを買ってくれた。

 当日ヒロミさんがやってきた。一流のヘアメイクである彼女は、すごく研究熱心。

「マリコさん、北口さんの特徴はね、太い眉とチークの入れ方。それから眼が大きくてちょっと垂れてる。マリコさんの目も垂れてるから、うまく似せられると思うわ」

 髪は真中でわけ、飾りピンをつけ、ゴムでしばった。そうするとだんだんそれらしくなってきたような……。

 バレエヨガの先生が、

「ヤリの代わりにしたら」

 とストレッチ用のポールを貸してくれたのであるが、残念ながらタクシーに乗せられなかった。その代わり日の丸を体に巻いた。われながらすごくよくやったと思う。が、この仮装を北口さんだとあてた人はあまりいなかった。

「マリコさん、この頃痩せたから」

 と言うが本当だろうか。