夜ふけのなわとび 第1857回 林 真理子 2024/09/20

ネットと皇族

今期の朝ドラ「虎に翼」を愛するあまり、私はどれだけの犠牲をはらってきただろうか。

 明日はちょっと寝坊(ねぼう)が出来る、という日でも必ず7時半に起きる。もう体がそうなってしまった。朝早く家を出る時は録画(ろくが)を忘れない。

 台湾に行った時はどうしようかと思ったのであるが、幸いなことにホテルでNHKが見られた。

 このあいだ男性の弁護士さんと話していたら、「僕も必ず見る」というので驚いた。

「これを見ないと、弁護士同士会話が出来ない」そうだ。

 日本国憲法や少年法制定、家庭裁判所の設立、男女平等など難しいテーマをてんこ盛りにしながら、よくこれだけ面白くしたものである。脚本家はまだ30代の女性で、日大芸術学部卒。私の後輩ですっかり嬉しくなってしまった。

 主人公の寅とも子こさんは、朝ドラ史上いちばん偏差値が高いかもしれない。モデルになった女性もバリバリの高学歴女性である。今まで朝ドラのヒロインというと、たいてい、明るい、おっちょこちょい、そして頑張り屋ということになっているが、寅子さんはひと味違う。戦前のインテリ家庭に育った、生粋のハイパー女子。

 彼女が“事実上”再婚した相手も、東京帝大卒の筋金入りエリート。戦争で焼け残ったおうちは立派(りっぱ)で、いかにも上の知識階級。そしてそこの子どもたちが、見るからに、当時の東京のアッパークラス感をかもし出していることに感心してしまった。

 男の子は日比谷高校から東大法学部、女の子はお茶の水か津田塾という感じか。曽野綾子さんの初期の小説に出てくるような、あるいは庄司薫さんの「赤頭巾ちゃん気をつけて」の世界。ふつうに勉強して、ふつうに難関校に行く人たちが、この時代は存在していた(らしい)。

 ところで悠仁さまの進学問題であるが、相変わらず週刊誌が騒いでいる。紀子さまが東大進学を強くご希望で、AO入試を使おうとしていらっしゃるとか。

 本誌前々号の悠仁さまの特集でも書いたが、反論出来ない方に対して、臆測だけであれこれ非難を浴びせるのはいかがなものであろうか。今のところ紀子さまは何もおっしゃってはいないのだから。

 秋篠宮家が東大進学を狙っている。が、どうもかなり難しいらしい。だったらAO入試や特別枠があるではないか。将来の天皇、ということでいろいろ配慮してもらう手もある……というのはマスコミの描いたストーリイ。それにのっかって、署名活動をする輩がいるのは本当に残念である。

 折も折、お誕生日に紀子さまはこんなコメントを寄せられている。

「ネット上でのバッシングによって、辛い思いをしている人が多くいるのではないかと案じています。私たち家族がこうした状況に直面したときには、心穏やかに過ごすことが難しく、思い悩むことがあります」

 という言葉は驚きであった。ネットの魔の手が、皇室(こうしつ)の奥深く(おくふかく)まで伸びているのだ。皇室の方々もなんとネットをご覧になっているらしい。私はかなりメンタルが強い方だと思うが、昨年のネットの集中攻撃にはかなりまいってしまった。自分では平気なつもりであったが、4ヶ月ぶりに健診に行ったら、血圧が20あがっていた。

 ネットの規制はアメリカの銃規制と同じだ。凶器となり人を殺すことだって出来るが、法整備が追いつかない。

 もっとも日本でも悪質な書き込みをした相手をつきとめ、訴えることは出来る。ある調査によると、悪質なネット書き込みをしているのは、若い人たちではない。50代の人たちが多いそうだ。

何気なく発せられる悪意

 いい年をした人たちが、夜更けにパソコンを叩いて、悪口(わるぐち)をうっていると思うとぞっとする光景ではないか。自分の人生、もう先が見えている。それなのに、楽しそうに生きていたり、いい思いをしたりしてる人が妬ましくて仕方ないということか。

 もしかするとそういう人たちの中には、ひと昔前に一流高校から一流大学に進んだ人もいるかもしれない。それなのに出世もせず、いい家庭をつくることも出来なかった。そういう人たちが、激しい言葉を連ねていくのか。いやいや、悪質なネット民は、案外ふつうの人たちかもしれない。

 何年か前、癌をわずらっている女性タレントさんに対し、

「早く死ね」

 などと書き込んでいた女性が書類送検された。彼女はテレビのインタビューに応じていた。顔は隠されていて、胸から下だけが映っている。

「誰もが感じたことを言ってるだけじゃないですか」

 中年の女性の声。私のようなだらしない体型に、安っぽいワンピースが張りついている。ぞっとする絵え面づらであった。人の悪意が、こんな風に何気なく発せられたら、たまったものではない。

 今、この原稿を書くために、紀子さまへのヤフコメを見たら、

「今までの自分の行動を胸に手をあてて考えた方がいい。SNSの法規制を強化しても、あなた方が敬愛される要素はないと思う」

 に、なんと1.8万の「共感した」がついていた。

 こんな国で皇族でいるのはなんて大変なんだろう。

 総理大臣だってそうだ。人の妬みと羨望を同時にしょい込むことになる。ファーストレディはいわば、プチ皇族ではなかろうか。

 だから頭のいいクリステル夫人は、夫の公務にはかかわらない、らしい。