夜ふけのなわとび 第1854回 林 真理子2024/08/22

開会式を自慢する

 8月になると、私のスマホに“自慢話”が増えていく。

 夏のバカンス「ここ行った。いいでしょ」の写真である。ヨーロッパのワインツアーやハワイ旅行もあるが、この頃多いのがパーティーの報告。

 クルーザーでシャンパンを飲みながら、

「これからみなとみらいで花火を見ます」

 というのがあったかと思うと、軽井沢(かるいざわ)でバーベキューパーティー。

 河口湖(かわぐちこ)だか山中湖(やまなかこ)のすごい別荘での、やはりバーベキューパーティーもあった。参加している人たちもみんなおしゃれで、セレブ感たっぷり。

「まるで“華麗なるギャツビー”の世界だよ」

 こう書くと、本当の自慢話のようであるが、注目したいのはみんな他人ひと(たにんひと)のものであること、つまり自分の別荘やクルーザーではなく、お金持ちの友だち持ってると、こんなにいいことあるよーという話である。

 だからついツッコミを入れたくなる。

「“ギャツビー”のわりには、料理がショボくないですか。プラスチックのコップだし、テーブルにのってるのいなり寿司(すし)だし」

 実は私もかなりの自慢しい(じまんしい)。インスタなどはしないかわりに、どこか面白いところへ行った時は、友だちみんなに写真を送る。有名人とツーショットを撮った時は、

「私、SNSをしませんから」

 友だちに見せびらかすだけ。

「いいなー、いいなー」

 と皆に言ってもらいたいという願望は、最近のSNS問題の根っこだと思うが、私の場合は友人限定だから許してほしい。

 そして今回、友だちに送りまくったのは、ジャジャーン、甲子園の写真である。

「ぜひ開会式にいらしてください」

 と朝日新聞社からご招待いただいたのは、今年の初夏の頃だ。昨年もお招きいただいていたのであるが、不祥事でとてもそれどころでなかった。夏休みを1日もとらず、楽しい行事は全てキャンセルしたのである。

 が、どうやら今年は行けそうだ。同行者は1人オッケーということで、仲よしの中井美穂さんを誘うことにした。

「わー嬉しい。甲子園なんて25年ぶりですよ」

 私は一度も行ったことがない。今年甲子園球場は開場100周年になるという。こういう時にぜひ訪れてみたかった。

 そしていよいよ当日、朝の7時に神戸のホテルを出た。8時集合である。

「いったいどのくらい時間がかかるんですか」

 前日タクシーの運転手さんに尋ねたところ、30分から40分、という答えがかえってきた。ホテルのポーターデスクは25分という。よくわからないので早く出よう、ということになったのだ。

 7時に神戸のホテルを出て、着いたら7時半。

選手宣誓(せんせい)が響いた

「お客さん、ここが甲子園です」

 おろされたところは、想像していたよりも小さかった。そびえているという感じはまるでなく、街中にふつうにある。思っていたよりも小さいが、煉瓦にツタがからんだ素敵な外壁(がいへき)は写真どおりである。

「マリコさん、あっちにレリーフありますよ」

「わ、本当」

 2人でキャッキャしながら写真をお互いに撮りまくっていたのであるが、私は大切なことを忘れていた、美穂さんの前歴を。そう、彼女はフジテレビの超人気アナで、「プロ野球ニュース」でブレイクしたのである。

 ここにいるたくさんのおじさんたちは、みんな野球ファンで、みんな中井美穂ファンだったはずである。案の定、

「写真撮らせてください」

 とわらわらとやってきた。それをさばいて、入り口に向かっていた時だ、バスから降りた球児たちが、次々とこちらにやってくる。ちょうど日本航空高校の選手が目の前を通り過ぎる。

「山梨代表、がんばってよ!」

 つい大声を出してしまう。

 しかし今日の目的は山梨代表ではない。わが日大の準付属校である、札幌日大と長野日大の応援に来たのである。行進をしっかり見ないと。

 やがて開会式が始まった。朝日新聞のヘリが、始球式用のボールを上から落とし、みんな大歓声(だいかんせい)。その歓声がひときわ高くなったのは、あの江川卓さんがマウンドに立った時。100周年を記念しての「怪物」の登場にみんな大歓声をあげた。球はワンバウンドしてミットに届いた。またまた起こる大歓声。本物のレジェンドとはこういうことを言うのだろう。

 さて開会式であるが、熱中症に配慮してかとても短かくなったような。おエラい方々のスピーチもどれも短かくてよかった。途中で選手全員、合図があっていっせいに水を飲んだ。そして選手宣誓。それがとてもよかった。甲子園100周年にちなみ、僕たちにとって、いつまでも聖地であり、憧れの地であってほしいと。じーんときた。青空に白いユニフォーム、甲子園ほど「若人」という言葉が似合うところはない。女子生徒の白い帽子と行進、「栄冠は君に輝く」を演奏するブラスバンド。甲子園の古風さがひとつひとつ胸に刺さる。なんていいんだ、この空間……。

 そして感動のうちに開会式は終わり、そのまま第一試合を見ていたら、大学からLINEが。

「ちょっと不味いことが。至急帰ってきてください」

 清らかになった私の心が、また暗く沈む。

「仕方ない」

 立ち上がる。そしてさっきの宣誓した球児の言葉が甦る。

「努力は必ずしも報われるわけではない。しかし努力しなければ報われることはない」(Byイチロー)