夜ふけのなわとび 第1849回  林 真理子(1954年〈昭和29年〉4月1日- )  2024/07/12

行進が始まる

 この原稿を書いているのが木曜日。

 日曜日の東京都知事選投開票日(ひ)までもうすぐだ。都内は“白熱”といいたいところであるが、全くといっていいほど選挙カーを見ない。

 何日か前、銀座に行った時、石丸さんの車をちらっと見たのが一度きりだ。

 下馬評(rumor)によると、石丸さんがすごい勢いで追い上げているというが、蓮舫(れんほう)さんにはかなわない。その蓮舫さんも、小池百合子さんには勝てなさそうだ。

 おそらく都知事は、小池さん圧勝で決まるはずだ。

 新聞によると、女性票の多くが小池さんに流れ、蓮舫さんはあまり女性から支持されていないという。

 どうして女性は小池さんに一票入れる(いっぴょういれる)のであろうか。それは彼女が女ひとりで頑張っている、という構図をうまく演出しているからだと思う。実際は何人かの男性大物政治家(おおものせいじか)に、すり寄っていたことであろうが、それは見えてこない。女性で初めて都知事になり、男社会の中で孤軍奮闘(こぐんふんとう)していると多くの女性はとらえているはずだ。

 ふっくらと(plump ; 【丸い】round.)、いい感じでおばさん化しているのも好感をもたれるのかもしれない。

 学歴詐称(さしょう)にしても、

「もうそんな昔のこと、どうでもいいじゃないの」

 という感じではないか。

 なにしろ私たちの世代は、“留学”に関して無知ゆえにとても寛大である。昔は付属の語学学校に行っただけでも「〇〇大学留学」で充分通用した。「卒業」しなくては、ちゃんとその大学に行ったことにならないなんて知らなかった。「MBA」だの「修士」なんて言葉を聞いたのは最近である。

 とにかく私たちの頃は、語学留学はあたり前、ちょっとかかわったぐらいでも、

「ソルボンヌ大学留学」

「ニューヨーク大学留学」

 なんてみんな平気で使っていたのである。小池さんはカイロ大学首席卒業と、ちょっと話を盛り過ぎたが。

「まあ、昔はよくあったこと」

 と曖昧にされているのではなかろうか。

 そこへいくと蓮舫さんは、美貌を売りものにしていたキャンペーンガールだったのと、男の人にいつも囲まれていたというイメージがあってかなり不利かも。民主党時代、

「2位じゃダメですか」

 と言った映像はあまりにも強烈であるが、その左右にずらり男の人が並んでいたような気がする。男の人に大切にされて、その中で、キャンキャン吠えていたような、可愛いスピッツ(〘動物〙 a spitz)という感じかな。スピッツはやはり狸(たぬき)にはかなわないかも。蓮舫さん、お会いすればとても頭のいい素敵な女性である。もうちょっとお肉と余裕を身につけてくださいね。

民主主義に飽きた人たち

 それにしても、東京都知事選挙が一大事になる日本は、なんて平和なんだろうか。今にもっと深刻な選択を迫られるような気がするのであるが。

 今、世界が戦争に向けて、きっちり行進を始めているような気がするのは私だけであろうか。

 米大統領選討論会ではバイデン大統領が老醜(ろうしゅう)を曝け出し(さらけ出し)、トランプさんが断然有利になったようである。バイデンさんが降りて、別の候補を立てない限り、“もしトラ”は現実になる。国境に高い壁が出来るのは必至(ひっし)であるし、ウクライナ支援もどうなるかわからない。

 それでも熱狂的に、トランプさんを支持するアメリカ人の多いことにはがっかりを通り越して(とおりこして)恐怖を感じる。

 そのウクライナであるが、プーチン大統領は侵攻をやめる気はないし、最近は習近平さんと仲よくなった。プーチンと習近平。この2人が顔を近づけている様子にはぞっとする。国際秩序など全く何も考えていないこの2人に、大きな権力と富が集まっているのだ。

 意固地(いこじ)になっているイスラエルは、ガザ地区が最後の一人になっても、攻撃の手をゆるめないかのようだ。虐殺された歴史を経てきた人たちが、いつのまにか加害者となっていく恐ろしさ。

 そしてフランスは極右(きょくう)政党が議席を大幅に増やした。ここでも財政の悪化と移民問題がひき金になっているそうだ。ウクライナ支援も重圧になってのしかかっている。

「フランスのインテリはみんな左」

 と聞いて育ってきたが、その考えを変えなくてはならない時が来たのか。

 NHK「映像の世紀バタフライエフェクト」は、いつも私に衝撃を与えてくれる。今週は「ワイマール ヒトラーを生んだ自由の国」であった。

 1920年代、ドイツにはワイマール共和国という国家があった。今見ても信じられないくらい、自由でデカダンスで楽しい。ベルリンにキャバレーは数十あり、LGBTの人たちにも偏見がなかった。女装(じょそう)や男装(だんそう)した人たちが、毎夜店(まいよみせで)で踊り狂う。男性も化粧をして舞台に立つ。

 そうあの名画「キャバレー」の世界だ。しかし財政はやがて破綻し、失業者が町にあふれインフレが起こる。自由過ぎる政権は破れ、やがてナチスが台頭する……。

 この番組を見ているうちに、私の中にある考えが浮かぶ。

「人はもしかすると、民主主義がそれほど好きじゃないのかもしれない」

 誰かが言っていた。民主主義は手間ひまがかかりお金もかかる。それよりも人間は、トランプさんや、プーチンさんのような強い人に何も考えずに従う方が好きなのかもしれない。そして今、民主主義に飽きた人たちは、ゆっくりと確実に戦争に向かって歩いている……。

 と、いろいろなことを考えたこの2週間。東京も選挙ポスターの掲示板を、ある政治団体が乗っとるという愚劣なことをしている。それに喝采するネット民。あんたらもいつか行進の一人に加わることになるよ。