夜ふけのなわとび 第1845回 林 真理子 2024/06/14
ドーナツが食べたい!
今日は楽しみにしていた“ドーナツの日”である。
人気のドーナツを300個、わが日大生に配る。今日行くのは三軒茶屋キャンパス。2つの学部があるところだ。
それは3ヶ月前のこと、若い職員たちと話していた。議題はどうやったら、学生を元気づけられるかということ。
「お菓子を配ったらどうですかね」
「子どもじゃないんだし」
「いや、すっごく喜びますよ。その時、学長、理事長も行って学生といろいろ話してください」
「それだったら、今、いちばん人気のあるものにしよう」
ということで行列の絶えない店のドーナツに決めた。何とかお願いして、300個売ってもらうことにしたのは2ヶ月前のこと。
「だけど大丈夫ですかね」
とある幹部が心配そうに言う。
「ドーナツ貰えたコはいいけど、貰えなかったコは怒って、SNSにいろいろ書き込むんじゃないですか」
「もう、ジャンケン大会とか」
「時間かかります」
ネガティブなことばかり言うので、たまりかねて言った。
「だったら、もう学部の方で運営してもらおうよ」
たかがドーナツと言われそうであるが、本当に学生に配っていいのか、予算はどうするか、どういう名目でするのかと会議にかけるのが大学というところ。そのうちに誰かが「スマイルキャンパスプロジェクト」と名づけて、実験的にいちばんノリのいい芸術学部で始めようということになった。
自分が卒業したから言うわけではないが、この芸術学部は本当に楽しいところで、この話をするや、
「いいですねー」
と喜んでくれた。とにかく人材豊富(じんざいほうふ)だから、素晴らしいポスターもすぐに出来上がる。「DONUT」のスペルの、NとUの色を変えて、「NIHON UNIVERSITY」を表してくれたのはさすがだ。
「ドーナツの歌もつくっときました」
と学部長。若くて綺麗な音楽学科の助教が、ギターの弾き語り(ひきがたり)で素敵な歌を歌う。
「ドーナツが食べたーい♫」
「食べたい!」と学生の合いの手が入る。
それだけではなく、ステージの上には「MARIKO」の文字やドーナツ形などの風船でつくられたフレームが。ここで希望する学生と一緒に写真を撮れということらしい。
一生懸命Vサインをしたら、今はそんなのはあまり流行っていないらしい。
「ハートをつくってください」
「腕を交差して」
とかポーズもいろいろ大変であったが、そのたびに学生といろいろ話して、本当に楽しいひとときであった。考えてみると、子どもではなく孫の年齢か……。
ちょっと前までは、
「お母さんがファンでした」
と言われたが、学生たちからは、
「おばあちゃんがよく読んでます」
と言われ感慨深いものがある。
そしてドーナツ配布はあらかじめ引き替え券を配ってくれたので、無事に終わることが出来た。
幸せな気分!
先々週は医学部で配ったが、ここではフォトスポットをつくってくれたばかりではなく、先生や職員たちが、自らドーナツのかぶりものをして待っていてくれた。そして今日は三軒茶屋キャンパス。スポーツ科学部もあり、大学の中でも特に元気あるところ。聞いたところによると、前日に大なわとび大会をして、参加者に引き替え券を配ったそうだ。
ドーナツを待っている間、傍らではもう1個食べたい学生のための「腕立て伏せコンテスト」も行なわれた。なんというエネルギーであろうか。
学生と一緒に写真を撮る。今日日(きょうび、nowadys)の学生は顔が小さくておしゃれで、人懐こくて本当に可愛い。
「ちゃんと勉強するんですよ」
と口調はついおばあちゃんになる。
そしておばあちゃんは夜も忙しい。今日は一年に一度の日本文藝家協会の総会の日である。私が理事長をつとめる日本文藝家協会は、会員2200人ほどの、日本でいちばんの職能団体だ。今日の懇親会には、全国から250人の会員の方々が集まっていらした。東京會舘の大広間で、パーティーが行なわれるのだ。
「理事長と副理事長は、金屏風の前に立ってお客さんをお迎えしてください」
ということで、三田誠広さんと立った。
「熟年婚の、花婿花嫁みたいですね」
と冗談を言ったが、誰も笑わなかった。
1時間半、立ちっぱなしで皆さんに挨拶。会員の方ばかりでなく、関連団体や出版社の方たちもいる。日本漫画家協会を代表して、ちばてつや先生もいらした。スピーチしていただいたが、レジェンドの登場に皆大喜び、背筋がぴしっと伸び、お声も張りがあって堂々とお話しになるちば先生に感嘆の声しきり。
やがてお開きになり、疲れた私はそのまま帰ろうとしたのであるが、理事をお願いしている若い女性作家に声をかけずにはいられない。
「あなたたちこれからどうするの。飲んでく?」
「あの、私たち、文壇バーというところに行ってみたい。さっきママたちが来てたけど、あそこに行きたいです。一度も行ったことないし」
「あなたたちみたいに売れっ子なら、昔は編集者が連れていってくれたのにねー」
ということで銀座のお店に行った。私たち以外お客はいなかったが、ママから文豪と写ったアルバムを見せてもらい、彼女たちはキャーキャー大はしゃぎ。
いい人ぶるようであるが、人を喜ばせることに終始した今日一日。私はとても幸せな気分でこの原稿を書いている。さ来週は三島のキャンパスにドーナツを運ぶ。