編集部コラム 第115回 2023/06/24
編集長として一番しんどかったこと
今週号が発売され、私が編集長として作る「週刊文春」はあと2冊になりました。この5年、いろんなことがありました。「一番しんどかった時期はいつか」と聞かれると、即答できます。それは2022年3月のことです。
「病気が見つかりました」
そう告げてきたのは、張り込みチームを率いるX記者でした。その直前、ずっと腹痛(ふくつう)を我慢しながら仕事をしてきた彼は、さすがにおかしいと思い、仕事を休んで病院に行くと言ってました。その報告は、考えられうる最悪の結果でした。編集長をやっていると、いろんなしんどいことがあります。売れない号が続くと自己否定された気分になりますし、記事のことで世間から批判を受ければ落ち込むこともあります。記事にしたことで、これまでの人間関係が壊れることも珍しくありません。でも、X記者の件は、それらを凌駕(りょうが)するショックでした。
私は編集長として一番大事にしたいと考えていることは、部員が「週刊文春」で、いい記事、連載、グラビアを作り上げて、成長していくこと。「週刊文春」がそういう舞台になってほしいと思って、やってきました。
それが、X記者が命にかかわる病気になってしまった。なぜ、もっと早く休ませて病院に行かせなかったのか。強い後悔に襲われました。「まずは治療に専念して、仕事のことは気にせず休んでほしい。治療中も給料は払うから、家族に心配するなと言ってくれ」と伝えました。
この時、痛感したのはX記者の存在の大きさです。彼は現場を預けておけば、安心という記者です。一番売らなければいけない合併号の左トップがない。「頼む」と言うと、必ず何とかしてくれるのが、彼でした。「天性の勘」については何度か書いたと思います。張り込み対象を見失った時に、「おそらくここのホテルにいる」と“予言”して行ってみると本当にいた。あるいは、連日の張り込みで「たぶん、この時間に出てくる」と言って待っていると、ほぼその時間で対象が出てきた。
もう一つ凄いのは「直撃」です。普通なら「広報通してください」で終わるはずが、彼が行くと、面白い一問一答になる。しかも、直撃の終わり頃には、なぜか仲良くなって、LINEの交換までしてしまうことは一度や二度ではありません。
そして、後輩からの信望の厚さ。「X学校」とも呼ばれ、新人を彼の下につけると一人前に仕上がって、戻ってきます。X記者は、絶対に下の悪口を言いません。他の取材では評価が厳しかった後輩でも「あいつ、がんばってますよ」といいところを見つける。それでいて、叱る時は叱る。でも、彼のチームはいつも一体感があって、みんなが楽しそうにやっています。
なぜ、下が彼についていくのか。それは、X記者が先頭に立って、誰よりがんばっているからです。毎年の特派記者との面談で、同じ張り込みチームのO記者、M記者が同じことを言いました。「Xさんのがんばりすぎが心配です」。
そうした無理が、大病につながったのかもしれない。私が、彼に頼りすぎたばっかりに、こうなってしまったのではないか。本当に、この時は日頃の悩みである売れ行きとか、どうでもよくなりました。とにかく、X記者に無事に帰ってきてほしい。
彼は、東京の病院で検査していましたが、故郷の岩手に戻りました。高校のバスケット部の後輩が岩手で医者になっており、その病気の専門医だったからです。そして、後輩の診断を聞き、「お前に俺の体を預ける」と言って、手術に踏み切りました。
「手術が成功した」。この報告を受けた時ほど、安堵し、うれしかったことはありません。X記者は3カ月、治療に専念して、奇跡の生還を果たしました。そして、病気前と変わらず、「週刊文春」の大黒柱として活躍してくれています。
私の編集長退任のニュースが流れた時、こんなLINEを送ってきました。
〈勇退、飾らさせていただきます!〉
彼が担当したのが、広末涼子さんの記事です。第一報から、今週の広末さん、キャンドル・ジュンさんの夫婦W激白に至るまで、X記者にしかできない仕事でした。
たとえば、こんな場面がありました。広末さんと鳥羽シェフとのホテル密会。チームが連日の張り込みで疲弊していると感じたX記者が「もう上がろうか」と声をかけたところ、現場が「もうちょっとやりましょう」と言って、張り込みを継続した。そうしたら、広末さんが深夜に動いたそうです。
さらにもう一つ。ここ2週、右トップでやっている木原誠二官房副長官の話。その張り込みの現場を指揮したのも彼でした。
黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀、菅首相長男の違法接待、井上康生“黒帯不倫”…。この5年のスクープのほとんどに、彼はかかわっています。私が、5年間、編集長をやってこれたのは、本当に彼のおかげです。
それにしてもこの1カ月の活躍は、「X無双」と呼ぶほかありません。
「週刊文春」編集長 加藤晃彦(かとう てるひこ, 2018年8月 - 2023年7月予定)
“週刊文春編集長、5年ぶり交代へ 加藤氏の後任に竹田氏”. 47NEWS. (2023年6月7日) 2023年6月17日閲覧。