「週刊文春」編集部 2023/05/17

マイナ保険証の闇

 高齢世代の取得率は7割を超えたマイナンバーカード。ところが、ここに来てカードの利用による住民票や保険証の個人情報漏れが相次ぎ発覚している。「安全、安心」を約束したはずが、なぜこんな事態になってしまったのか。

岸田政権肝煎りの政策がいま、揺れている。

〈マイナ保険証 誤登録7312件〉

 5月13日、読売新聞朝刊1面にこんな見出しが躍った(おどった)。マイナンバーカードと一体化した健康保険証について、別人の情報がひも付けられていたケースが2021年10月から昨年11月までの1年余で、7312件も確認されていたことが明らかになったのだ。

「この前日には『報道ステーション』(テレビ朝日系)が、実際に別人の情報がひも付けられた当事者へのインタビューを取り上げた。この人は、赤の他人の通う病院や、処方された薬などの個人情報を見てしまったといいます。健康保険組合などがひも付ける際に入力を誤ったと見られ、厚労省によれば、このように他人の個人情報が閲覧されたケースは計5件確認されています」(厚労省担当記者)

マスコットキャラのマイナちゃん.png

 マイナカードを巡るトラブルは、これだけではない。マイナカードを使ってコンビニで証明書を取得できるサービスでも、他人の住民票が交付されるなどのトラブルが今年3月以降、全国で25件確認されている。

 今年4月時点で国民の69.8%が取得したマイナカード。来年秋には現行の健康保険証が廃止され、マイナ保険証に一本化される。そうした中、なぜ、トラブルが相次いでいるのか。「マイナ保険証の闇」を徹底検証した。

 マイナカード普及の旗振り役として、その安全性を繰り返し強調してきたのが、河野太郎デジタル相だ。

「昨年10月、突然『マイナ保険証』事業をぶちあげ、24年秋までに現行の保険証を廃止すると宣言したのも河野氏でした。河野氏はマイナカードの情報漏洩を心配する意見に対し、『マイナカードのICチップには税や年金、医療情報などの個人情報は含まれていない』とし、情報流出リスクはないとアピールしてきました」(政治部デスク)

 だが、その言葉とは裏腹に相次いで発覚した情報漏洩。河野氏はどう対応しているのか。5月9日の記者会見でコンビニでの誤交付問題について問われると、

「いずれの事案も富士通Japanという会社が開発したアプリケーションを原因とするもの」

 さらに、5月12日の記者会見でマイナ保険証に別人の情報がひも付けられた問題について問われると、

「この件は厚労省が対応していますので、詳細は厚労省にお尋ね頂きたい」

などと述べていた。要するに、前者ではコンビニでの交付システムを開発した富士通の100%子会社「富士通Japan」に、後者では健康保険組合などを所管する厚労省に責任を押し付けたような形だ。

「これまで安全性をアピールして事業を推進してきたのは河野氏自身ですから、『業者のせいだ』『厚労省のせいだ』は通用しない。今回の件でマイナカードの安全性に加え、河野氏の信頼感にも疑問符が付いたのは間違いありません。“ポスト岸田”を狙う河野氏にとっても、ここが正念場です」

マイナカード.png

 河野氏に見解を尋ねると、書面で概ね(おおむね)次のような回答があった。

「(コンビニでの誤交付事案については)マイナンバー制度の仕組みに起因するものでないとはいえ、個人情報漏洩(ろうえい)にも当たる事案であり、大変申し訳なく思っています。富士通Japan社が開発したアプリケーションを原因とするもので、二度とこうした事態が起こらないよう要請を行いました。(マイナ保険証の誤登録を巡る厚労省への責任転嫁などの指摘については)御指摘は当たらないと考えます」

 あくまで「マイナンバー制度の仕組みには問題がない」ことを強調したのだ。

マイナンバーで18億円受注

 一方、河野氏にやり玉に挙げられた富士通Japan。同社のシステムでトラブルが起こったのは、足立区(あだちく)、横浜市(よこはまし)、川崎市(かわさきし)など7自治体だ(5月16日時点)。

「マイナポイント事業などが国民の申請を後押しし、カードが急激に普及したため、トラブルが相次いで発生することになりました。川崎市のケースでは、住民がコンビニで戸籍全部事項証明書を申請した際、1秒以内の同じタイミングで市内の別の住民からも申請が行われた。その際、後からの申請が直前の申請を上書き(うわがき)してしまうバグが発生。結果、先に申請した住民には、後から申請した住民の証明書が発行されてしまったのです」(総務省関係者)

 ITジャーナリストの三上洋(みかみ ひろし)氏が語る。

「“1秒以内の同時申請”は事前に想定し得るもので、トラブルが起こるというのは、普通は考えられない。そうした事態を想定したテストが不十分だったということで、大きな問題です。さらに、横浜市では印刷の順番を管理する『印刷処理管理機能』の不具合などが原因で誤交付(ごこうふ)が起こっている。原因がバラバラである以上、今後、別のトラブルが起こる可能性も大いにあります」

“考えられない”トラブルを起こした富士通Japan。同社にとってマイナンバー事業は、大きなビジネスチャンスだったようだ。

 信用調査会社のレポートでも、マイナンバー制度のシステム提供が同社の収益増に貢献した旨が記されている。同社は全国で約200の自治体とマイナンバー関連の契約を締結。小誌の取材によれば、問題となったシステムの21年度の契約額は横浜市が約3000万円、川崎市が約4000万円に及ぶ。

「そもそも親会社の富士通が、マイナンバー事業とは密接な関わりを持ってきました。内閣府は14年にマイナンバーの中核システムについて入札を行いましたが、応札(おうさつ)した5社連合の一角を担っていたのが富士通。受注額は約123億円に及んだ。加えて、応札したのが5社連合の1団体しかなかったことも物議を醸しました(かもしました)」(政府関係者)

 落札情報サイトで確認すると、マイナンバー関連事業で富士通グループが国などから受注した金額は、15年から少なくとも約18億円(共同受注は除く)。確認できた18件のうち15件では、発注者が落札者を選ぶ随意契約(ずいい‐けいやく)だった。

「富士通が国や自治体の関連事業を頻繁に受注(じゅちゅう)している背景には、政府や自民党との緊密な関係性があるとされます。実際、富士通はこれまで自民党の政治資金団体『国民政治協会』に多額の献金を行ってきました」(同前)

 08年から22年までの15年間に公表された収支報告書を確認すると、富士通は年間で1000万円から1800万円、合計で2億1600万円を献金していることが分かる。しかも12年公表分から3年間は献金額が1000万円だったが、マイナンバー事業の受注が始まった15年公表分からは1500万円に増額しているのだ。 富士通から自民党に年1500万円献金

協会けんぽ理事(健保理事)は「当初から…」

「マイナンバー事業は、開発や設計といった新規業務を受注した大手業者が、以降の関連契約も独占する『ベンダー・ロックイン』が起こりやすい。そうした中で、今回の問題が起きた形です」(同前)

 富士通に見解を問うと、主にこう回答した。

「(自民党への)献金につきましては、日本経済の健全な発展や成長に向けた政策推進に貢献するために、必要な社内プロセスを経て実施しております。(マイナンバー関連事業の受注については)法令および当社の行動規範に基づき、法令を遵守(じゅん‐しゅ)した公正な商取引(しょうとりひき)を進めております」

 誤発行も問題だが、さらに深刻なのは、マイナ保険証に別人の情報がひも付けられていたケースだ。マイナ保険証には過去に処方された薬や健診のデータが自動的に連携されるため、他人の情報がひも付けられていることに気付かなければ、他人の薬が処方される事態も考えられる。一体なぜ、誤入力が起こったのか。

「マイナカードと保険証の情報をひも付ける作業は、大企業などの従業員が加盟する『健康保険組合』や中小企業の従業員が加盟する『協会けんぽ』の職員が手入力で行っている。この手入力で、加入者から申告されたマイナンバーとは異なる数字を打ち込むなどのミスが相次いでいたのです。誤登録が発覚した7312件のうち、7114件は『協会けんぽ』によるものでした」(前出・厚労省担当記者)

 協会けんぽの正式名称は「全国健康保険協会」。中小企業の従業員や、その家族約4000万人が加入する日本最大の医療保険者だ。04年以降に相次いで不祥事が発覚した社会保険庁の解体により、同庁から健康保険の運営を引継ぎ、現在も約1兆2000億円の国庫補助金等が拠出されている。実はこの団体が、厚労省の天下り先になっているのだ。

 総務担当理事で理事長の職務代理を務めるのは、元厚労省保険局長の木倉敬之氏。木倉氏の前任の総務担当理事は、元厚労省医薬食品局長の高橋直人氏だ。公募情報によれば、総務担当理事の年収は約1800万円に上る。

「社保庁の不祥事が契機で発足した団体のため、表向きは“非公務員化”を掲げ、理事は公募で決定されている。とはいえ、同じポストに2代続けて元厚労官僚が就いている以上、厚労省の“天下りポスト”と見られても仕方ありません。健康保険組合の上部団体『健康保険組合連合会』の理事にも元厚労省課長が天下っています」(前出・デスク)

 今回のトラブルに関連する“天下り団体”は、これだけではない。前述の『報ステ』で、誤登録の問い合わせ先として紹介されたのが「社会保険診療報酬支払基金」「国民健康保険中央会」。いずれも被保険者の医療情報を一元的に管理し、医療機関や薬局からの照会に対応する団体だ。

「支払基金」の理事長は元厚労省医政局長の神田裕二氏。理事には、前述の木倉氏を含めた厚労省出身者2名が名を連ねる。理事長の報酬は月額で約94万円だ。一方、「中央会」の理事長も元厚労省審議官の原勝則氏が務めている。

「社保庁解体にあたっては、厚労官僚の天下りが社会問題になった。実際、10年には『支払基金』で厚労省OBが理事長職を続投しようとしたのが問題視され、別の人物が就任したこともありました。しかし18年に現職の神田氏が就任し、厚労省がポストを取り戻した。結局、厚労省の天下りは依然として続いているのです」(同前)

 厚労省の天下りの“巣窟(そうくつ)”となっているマイナ保険証業界。当事者はどう考えているのか。協会けんぽ理事の木倉氏に話を聞いた。

――誤登録について。

「これは(ひも付けが始まった)当初から問題となっていた。事業主が書き間違えるし、写し間違いはある。人間が入るので、常に起こる可能性がある。思い込んで書いているものもある。現場は『間違いがあればすぐに直す』という作業を繰り返してやっている。完全に自動的に登録される仕組みがあればいいですけど」

――木倉さんも天下り。

「ちゃんと公募を受けていますから」

別人の個人情報が表示されたら

 協会けんぽや支払基金、中央会に天下りについて尋ねたが、いずれの団体も「公募を行っているので問題ない」旨を回答。中央会は「結果的には元厚労省幹部だが、出来レースでは決してない」とした。

 前出の三上氏が言う。

「厚労省の加藤勝信大臣も今回の誤入力問題を受けて『今後はこうしたことが起こらないよう、入力時に充分配慮を徹底する』とコメントしましたが、根本的な原因を分かっていない。人間の入力にはミスがつきものですから、それをダブルチェック、トリプルチェックできるシステムを開発するべき。『入力時に気を付ける』というのは、まるで対策になっていません」 加藤厚労相は再発防止を要請

 これだけ誤登録の件数が多ければ、自分の個人情報が他人に漏れていないか、不安な読者も多いだろう。だが、マイナ保険証が正しく登録されているかどうかは、自分でチェック可能だ。

 マイナ保険証の利用者登録をしている人は、まず自身のスマホでウサギのマークのついた「マイナポータル」アプリを開いて欲しい(登録方法は、小誌4月6日号〈損しないマイナ保険証「徹底ガイド」〉参照=電子版で公開中)。このアプリで保険証情報を確認してみよう。手順は以下のとおりだ。

 (1)アプリを開き、下にスクロールして〈最新の健康保険証情報の確認〉をタップ(押す)

 (2)〈利用者登録/ログイン〉画面で〈ログイン〉をタップ

 (3)マイナカード交付時に設定したパスワードを入力(ここで躓く人も多い。パスワードは必ず控えよう)し、〈次へ〉をタップ

 (4)スマホの上部をマイナカードの中央に置き、〈読み取り開始〉をタップ。うまくできない場合は、画面上の〈機種ごとのカード読取位置はこちら〉を開き、自分のスマホの読み取り位置を確認しよう

 (5)しばらくすると画面が切り替わり、〈あなたの健康保険証情報〉が表示される

 (5)の画面で正しい情報が表示されていれば、他人の情報がひも付けられている心配はない。では、この画面で別人の個人情報が表示されてしまった場合は、どうしたらよいのか。マイナンバー総合フリーダイヤルに連絡して尋ねてみると、 ①〜⑤の順に保険証情報をチェックしてみよう

「社会保険に加入している場合は、保険証に載っている『保険者名』に掲載されている団体に問い合わせてください。国民健康保険の場合は、問い合わせ先は市区町村になります」

 デジタル化社会にあってマイナ保険証への移行は避けられない。だが個人情報、とりわけセンシティブな医療情報が含まれるにもかかわらず、国民に約束したはずの「安全、安心」が崩れつつある。