町山智浩の言霊USA 第701回 2023/12/09
“If we killed 4000 Palestinian kids, it wasn't enough!”(パレスチナの子どもを4000人殺したくらいじゃ足りないね!)by スチュアート・セルドウィッツ
ニューヨークはマンハッタン、セントラルパークの東側、アッパー・イーストサイドはユダヤ系の超富裕層(ちょうふゆうそう)が住む高層コンドミニアムが建ち並ぶエリア。そのビルの谷間の路上には、中東系移民が営む(いとなむ)ハラル料理の屋台がいくつも集まっている。
メニューは、フムス(ひよこ豆のペースト)、ひよこ豆を団子にして揚げたファラフェル、肉をマリネして焼いたギロス、それを包んで食べるピタ。ギリシア料理とだいたい同じ。ヘルシーなので人種民族を問わず人気がある。特に屋台は肉を焼く香りが人を集めて、昼時(ひるじ)には行列ができる。
その屋台の一つで働くエジプト出身の青年ムハンマド・フセインさん(24歳)に、60歳過ぎの白髪の白人男性が話しかけてきた。
「お前はどこから来た」
「エジプトです」
「テロリストだな! お前の屋台の前に看板を出してやる。『ここにハマス支持者がいます』ってな!」
ハマスとフムス(ひよこ豆のペースト)を間違えてるのか? と思ったが、この男は2週間前から、フセインさんだけでなく、その周辺に屋台を出す中東系の売り子に絡んで、片っ端からハマス呼ばわり(よばわり、大声で呼ぶこと)していた。
フセインさんは「注文しないならあっちに行ってください」と言って、男をスマホで撮影した。男はひるむどころか逆に自分もスマホをフセインさんに向けた。「ムハバラートって知ってるか?」
ムハバラートはエジプトの諜報機関。
「お前の両親はムハバラートに捕まるぞ。ムハバラートはお前の親父さんの爪をひとつずつはがすぞ。お前の写真をムハバラートに送ってやる」
ヘラヘラ笑いながら男はさらにとんでもないことを言い始めた。
「お前は自分の娘をレイプしたか? イスラム教の教祖のムハンマドがやったように。お前はイスラム教なのか? イスラム教の経典(きょうてん)コーランでケツ(穴、尻)を拭く奴(ふくやつ)もいるぞ」
「頼むから、あっちに行ってください」とフセインさんが懇願すると男は「なんで行かなきゃならないんだ。アメリカは自由な国なんだ。エジプトとは違うぞ」と開き直る(きびしい様子を見せる)。
「もうやめてください。僕は英語はよくわかりませんから」
「だからお前はこんな屋台で食べ物を売ってるんだな。無学だからだ」
他の屋台ではもっとひどいことを言っている。「パレスチナの子どもを4000人殺したくらいじゃ足りないね!」
フセインさんたちが撮影した動画は11月21日にSNSに上がり、翌日にはウェブメディアVICEが、この男の素性(すじょう、そせい)を突き止めた。
スチュアート・セルドウィッツ(64歳)。なんと元大統領補佐官だった。
Stuart Seldowitz was Deputy Director in the US State Department's Office of Israel and Palestinian Affairs from 1999 to 2003.
セルドウィッツはクリントン政権の1999年からブッシュ政権の2003年まで、アメリカ合衆国国務省のイスラエル・パレスチナ問題局で政策担当官を務めていた。こんな差別主義者がパレスチナ問題についてのアメリカの政策を決めていたのだ。
オバマ政権では国家安全保障会議の南アジア総局の局長代理を務めたセルドウィッツは、退任後は、イスラエルの人道外交コンサルタント会社GDCを経て、政治ロビー会社ゴッサム・ガバメント・リレーションズ社の外交部長に就いた。どう考えても億万長者(おくまん‐ちょうじゃ)のくせに、最低賃金で働く移民の青年をイジメて恥ずかしくないのかね。彼らは何を言われても決して言い返したりはできないのだ。逮捕されたりしたら、ワーキング・ビザを取り上げられて母国に強制送還される恐れがあるから。
「ニューヨーカーとして当たり前のこと」
無抵抗のフセインさんに対するセルドウィッツのイジメをさっきから見ていたヘルメットに反射ベストを着た建設作業員がたまりかねて間に入った。「もうやめなさい。あなたのしていることは間違っている」
「こいつはユダヤ人を殺すのが好きなんだよ!」
「いえいえ、彼はそんなことは言ってませんよ」
「こいつがそう言ったんだ!」
セルドウィッツはくやしそうに去って行った。フセインさんを助けた建設作業員は後にモロッコ移民のザック・タミーミさん(53歳)と判明した。彼をヒーローと称える(たたえる)地元のメディアに対してタミーミさんはこう答えた。
「私は英雄じゃない。ニューヨーカーとして当たり前のことをしただけさ」
移民の国アメリカでも特にニューヨークは昔から移民や難民が築いてきた街。母国同士が対立しても、ここではみんなニューヨーカーなのだ。
タミーミさんの言う通り、フセインさんのスマホ動画がSNSに上がると、すぐに彼の屋台の周りには、彼を支援する人々が集まり、路上にテーブルを出して、「食べて応援」した。彼らのほとんどが地元のユダヤ系だった。
セルドウィッツを雇用するゴッサム社は、「彼の行為は卑劣で差別的です」と声明を出してセルドウィッツをクビに。さらに動画の公開翌日の11月22日、ニューヨーク市警はヘイト・クライムでセルドウィッツを逮捕。弁護士がすぐに彼を釈放させたが、もし有罪になれば凶悪犯ばかりの恐ろしいライカーズ刑務所で最長1年の懲役になる。
アメリカは、イスラエルのハマスへの攻撃を止めないことで国際社会で非難されているが、今回の市警の動きは迅速(じんそく)だった。戦争以来、ユダヤ系、イスラム系双方に対するヘイト・クライムが激化しているなか、断固たる態度を示す必要があったのだろう。
それに比べ、アイヌや在日韓国・朝鮮人への差別で法務局から人権侵犯と認定された杉田水脈(すぎた みお)議員を何ら処分する気配も見せない自民党って……。
杉田水脈議員の在日コリアン投稿 人権侵犯と認定 大阪法務局 2023年10月19日 14時14分
自民党の杉田水脈衆議院議員が、7年前に自身のブログなどで大阪府の在日コリアンの女性3人について「民族衣装のコスプレおばさん」などと投稿したことをめぐり、大阪法務局が人権侵犯と認定したことが分かりました。
杉田水脈衆議院議員は2016年2月、みずからのブログやSNSに国連の女性差別撤廃委員会に参加したときのことについて「チマチョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさんまで登場」とか「存在だけで日本国の恥さらし」などと投稿しました。
これについて会議に参加した大阪府に住む在日コリアンの女性3人が「差別的だ」などとして、ことし2月、大阪法務局に人権救済の申し立てを行いました。