町山智浩の言霊USA 第700回 2023/12/02

Yes, a doll(そう、ただの人形ですよ)by イスラエル政府

 11月初めサンフランシスコで、クイーンのコンサートを観てきた。フレディ・マーキュリーの代わりにボーカルを務めるは、1982年生まれのシンガー、アダム・ランバート。無理にフレディの物マネをしたりせず、お客さんたちと一緒に歌う和気あいあいのライブだった。自分もふくめて還暦越えばかり1万人が大合唱。「ママー、僕の人生はまだ始まったばかりなのに」って、いや、もうじき終わりだから(涙)。

 さて、サンフランシスコの街はあちこちの道路が封鎖されていた。11月中頃(ちゅうころ)に開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力)の首脳会議で、今回は、ハマスとの戦争でイスラエルを支援するバイデン大統領に対して大きな抗議活動が予想されるからだ。

 アメリカにはユダヤ系が約700万人も住んでいる。これはイスラエルのユダヤ系人口に匹敵する。そのため、民主党も共和党も伝統的にイスラエルを支援してきた。しかし近年、アラブ系アメリカ人の人口も増加し、民主党や若年層にはパレスチナに共感を抱くアメリカ人も増加している。今回もアメリカ各地でイスラエルに停戦を求めるデモが続いている。

 11月13日にはうちの近所のオークランドの連邦政府ビルをユダヤ系アメリカ人の反戦団体が占拠した。16日にはオークランドとサンフランシスコをつなぐ橋、ベイブリッジが反戦団体にブロックされた。抗議活動に油を注いでいるのは、イスラエル軍によるアル・シファ病院攻撃だ。

 アル・シファ病院は、パレスチナ人が閉じ込められているガザ地区最大の医療施設。そこをイスラエル軍は激しく攻撃した。患者や新生児さえ死なせながら。病院への意図的な攻撃は戦争犯罪だが、イスラエルは、病院の地下にハマスの司令部があり、そこにイスラエルから拉致した人質が隠されていると主張した。その後、イスラエル軍はついに病院を占領し、ハマスの司令部の入り口と称する「穴」の映像を公開した。

 でも、まだ信じられない。

 というのも、イスラエルが今まで公表してきた証拠なるものが、どれもインチキ(にせもの)ばかりだったからだ。

 11月11日、イスラエル政府はSNSで、アル・シファ病院に勤務する女性看護師が撮影したというビデオを公開した。彼女は聴診器(ちょうしんき)を振り回しながら、ハマスが病院を支配して燃料や薬品を奪い、患者たちが死んでいると泣き声で訴えた。画面は揺れ動き、背後では爆音が鳴り続けている。

 でも、彼女の化粧はあまりに完璧だった。その白衣もクリーニングから返って来たばかりのようにピカピカ。

 フランス国営テレビは、このビデオの背景で聴こえるいくつもの爆音を解析し、音の波形(はけい)がどれも同じだと指摘した。つまりSE(サウンド・エフェクト)だったのだ。

 その後、イスラエル政府はビデオを削除した。

 その翌12日、イスラエルの大統領イサク・ヘルツォークは英BBCテレビのインタビューで、ガザ地区のハマスが拠点にしていたパレスチナ人の住居の子ども部屋でイスラエル軍が発見した本を掲げて見せた。ヒットラーの『我が闘争』のアラビア語版だった。

「ユダヤ人を憎む箇所に線が引かれています。これが私たちが直面している戦争です!」

 ネタニヤフ首相は「ヒットラーにホロコーストをやらせたのはパレスチナ人のアミーン・フサイニーだ」と主張しており、イスラエルがハマスとナチを結びつけるのに、あまりにも都合のいい証拠が出てきたものだ。

 さらに翌13日、イスラエル政府は、ガザ地区の別の病院の地下で撮影したと称するビデオを公表した。戦闘服を着て突撃銃(とつげきじゅう)を持った広報マンが、「ここに人質が監禁されていたのです!」と叫んで、壁に貼られた紙を指さした。

「これは人質を監視するテロリストたちの当番表です! アラビア語で奴らの名前が書かれています!」

 またしてもフランス国営テレビがすぐにその貼り紙を翻訳した。

「これは名前ではありません。書いてあるのは、日、月、火、水、木……。これはただのカレンダーです」

ヤラセはどちらだ

 そんなイスラエルは、パレスチナ側の被害の写真についてはヤラセ扱いしてきた。

 10月14日、イスラエル政府は、白い布にくるまれた幼い少年の写真をSNSに投稿した。少年の顔には生気がない。「これはイスラエルの攻撃で死亡したパレスチナの少年と報道されているが、人形だ(そう、ただの人形ですよ)」と書き添えた。この投稿は全世界で300万以上拡散され、「パリウッド(パレスチナ&ハリウッド)の傑作だね」などと揶揄された。

 だが、インドのネット・メディア「オルト・ニュース」は事実関係を調査し、元になった写真はフランスの通信社AFPの特派員が撮った写真であることを突き止めた。そして、人形と言われているのは、イスラエル軍の空爆で死んだオマル・ビラル・アル・バンナ君だと判明した。4歳だった。

 ヤラセをしているのはイスラエルのほうで、ネタニヤフ首相は当初、「ハマスに首を切断された赤ん坊」なる写真を拡散したが、「怪しい」と疑惑が湧き上がった。

 その写真にも騙されたバイデンは「パレスチナが発表する犠牲者数は信じられない」と疑った(うたがった)。それに抗議してガザ保健省は10月26日までの犠牲者6747人の氏名を公表した。AP通信社などのメディアがその数字の正確さを検証した。その後も死者数は1万人を超えて増え続け、その4割が子どもである。

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やらせとは、事実関係に作為・捏造をしておきながらそれを隠匿し、作為などを行っていない事実そのままであると(またはあるかのように)見せる・称することを言う。政治でもよく用いられ、政治学の「やらせ」の定義は事実関係の作為・捏造というよりは、支持調達のための演出に焦点をあてており、「社会的支持の調達を権力的な情報操作によって達成するために、共同目的をもつ者を利用して、支持調達のための第三者に対する社会的な演出」とされる[1]。一般的に片仮名で「ヤラセ」とも表記される。