町山智浩の言霊USA 第699回
Woodstock and drugs and peace and free love and all that(ウッドストックだの、ドラッグだの、ピースだの、自由恋愛だの、そういうもの全部)
アメリカの連邦下院議会の議長がやっと決まった。そんなの、日本の読者にはどうでもいいことだと思うが、こいつが実にロクでもない奴なので、ちょっと読んでみてほしい。
議長だったケヴィン・マッカーシーは共和党だったが、一部の共和党議員の造反(ぞうはん)により解任されてしまった。今の下院は共和党が民主党をわずかな議席数で上回る拮抗(きっこう)状態で、予算案が通過しにくい。予算が決まらないと連邦政府の業務がすべてストップしてしまう。それを避けるため、マッカーシーは民主党と調整していたら、それを裏切りだとする共和党の超右派(ちょううは、トランプ派)によって降ろされてしまったのだ。
そんな状況だから次の議長もなかなか決まらなかったが、やっと選出されたのはルイジアナ州の下院議員マイク・ジョンソン(51歳)だった。
ジョンソンは2016年にルイジアナ州第4下院選挙区の代表に初当選した。議員時代、ジョンソンは下院議場や法廷で2020年大統領選挙の結果に異議を唱え、全国的な中絶禁止法を制定する法案を支持し、同性結婚を禁止する法律は違憲であるとしたオーバーグフェル対ホッジス裁判に影響を与えた。ジョンソンは、2019年から2021年まで議会最大の保守派議員団である共和党調査委員会の委員長を、2021年から2023年までは下院共和党会議の副議長を務めた。
ジョンソン議長はインターネットでポルノ・サイトを見ないよう、17歳の息子と監視しあっているという。
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ジョンソンはパソコンや携帯を「コヴェナント・アイズ(コヴェナント』とは『契約』の意味)」というアプリに登録しており、自分の息子を「監視パートナー」に選んでいる。もし、彼がエロ動画なんかのサイトにアクセスすると、高校生の息子に「あんたの父ちゃんがこんなエロサイト見てるよ!」と通報される。同様にジョンソンは息子のネット・エロ活動も監視している。
自分の性的趣味を息子に知られたい変態なのではない。キリスト教福音派であるジョンソンは、宗教的な信念から、「息子には結婚するまでセックスについて白紙状態でいてほしいので」、同じようなキリスト教徒が使うコヴェナント・アイズに登録したという。コヴェナントとは旧約聖書にある「神との契約」のこと。
マイク・ジョンソンは学校での性教育について「絶対純潔主義」だけを推奨している。「絶対純潔主義」性教育とは、婚前交渉を禁じ、避妊方法を教えないことで、南部のバイブルベルト州((アメリカ英語: Bible belt、聖書地帯))で実施されている。当然、避妊を教えている州よりも10代の未婚の母率(みこんははりつ)は高い。
ジョンソンは当然、同性愛や人工中絶の権利にも反対だ。ルイジアナ州議会では、同性婚や中絶を制限する州法を成立させようと奔走した。それどころか彼はピル(pill)やコンドームによる避妊にすら反対している。
マイク・ジョンソンは1999年にコヴェナント・マリッジという結婚をした。これは結婚時に神の下で、離婚できる条件を限定すること。普通の離婚は本人たちの自由意志で可能になるが、コヴェナント・マリッジでは、浮気、虐待、依存症など相手の過失がないと離婚できない。しかも、その過失を証言や証拠で証明する義務がある。性格の不一致や、愛が無くなった、などの理由では離婚できない。
このコヴェナント・マリッジはキリスト教福音派が始めたことで、自由意志による「無過失離婚」が許されていることで離婚率が高くなっている現状を改善するためだった。現在、マイク・ジョンソンのいるルイジアナ州と、アリゾナとアーカンソーだけが州法でコヴェナント・マリッジを認めているが、それぞれの州でそれを実行している夫婦は1%前後でしかない。これは愛のない婚姻関係を解消できない制度だからだ。たとえば、夫が冷たくて意地悪な奴でも、妻はそこから逃げられない。
そんな結婚を受け入れているマイク・ジョンソンの妻ケリーもゴリゴリのキリスト教福音派で、オンワード・クリスチャン・カウンセリング・サービスの創設者で経営者。キリスト教徒のために家族問題や教育、恋愛の悩みの相談を受ける会社だが、まるでオンワード(先進的)じゃない。公式サイトにはこう書かれていた。
「私たちは、あらゆる性的不道徳は罪深い行為だと信じています。また、聖書もそのように教えています。つまり不倫、婚外交渉、同性愛、バイセクシャル、獣姦(じゅうかん)、近親相姦、ポルノ、性別の変更、生物学的性別への不同意は、神を不快にさせるのです」
同性愛を獣姦と一緒くた(いっしょくた)にする人に性の悩みなんて相談できる?
「カウンター・カルチャーのせいですよ!」
マイク・ジョンソンは信仰以外に何も見えてない。2016年、ジョンソンはルイジアナのキリスト教徒の集会で、全米で連続する銃乱射事件の原因は1960年代の文化革命が道徳を破壊したせいだと演説した。
「カウンター・カルチャーのせいですよ! ウッドストック(Woodstock)だの、ドラッグだの、ピースだの、自由恋愛だの、そういうもの全部が宗教や道徳の基盤を破壊したんです! それで60年代後半、セックス革命が起こり、無過失の離婚が可能になり、フェミニズムが急進的になり、1973年には人工中絶が合法化されたのです!」
愛と平和を訴えた1969年のウッドストックのコンサートや自由恋愛が、現在の銃乱射とどんな関係があるの? 原因はどう考えても大量に連発できる銃を誰もが合法的(ごうほうてき)に買えることだよ。
そんな論理はマイク・ジョンソンには通じない。彼は2020年の大統領選挙には不正があり、本当の勝利者はトランプであると訴え、議員たちを扇動して選挙結果の認定に反対した。
それに、もし「ポルノを含めたあらゆる性的不道徳は神を不快にする罪だ」という主張が真実なら、コラムニストをデパートの更衣室でレイプし、不倫関係にあったポルノ女優の口を金で封じようとしたトランプはとっくに雷に打たれて死んでるぜ。100回くらい。
こんなカルト馬鹿が下院の議長?
それでもまあ、「衆議院議長になっても月100万円しかもらえない」と文句言ってた細田ナントカよりはマシか。下には下があるものだ。