町山智浩の言霊USA 第698回 2023/11/18

I'll be there for you(私はあなたのそばにいくよ)

 90年代のTVドラマ『フレンズ』は、ニューヨークを舞台に「大人になれない」女3人と男3人の友情と恋愛を描くコメディ。ファッション業界で働くレイチェル(ジェニファー・アニストン)は、お金持ちのお嬢さんでわがまま。ロス(デヴィッド・シュワイマー)は古生物学(こせいぶつがく)の博士号を持つインテリだが面倒くさい性格で結婚離婚を繰り返す。

 その妹モニカ(コートニー・コックス)はシェフ。神経質で負けず嫌い(【競争心の強い】)。フィービー(リサ・クードロウ)はヘンテコなフォークソングを歌うスピリチュアルで遅れてきたヒッピー。ジョーイ(マット・ルブランク)はナンパでチャラい売れない俳優。そしてチャンドラー(マシュー・ペリー)は皮肉屋。いつも誰かを茶化さず(ちゃかさず)にいられない。

「僕が朝の9時までに言う皮肉の数は普通の人の1日平均の皮肉数を超えてるんだ」

 そんな『フレンズ』は日本の80年代トレンディ・ドラマにも似た惚れた腫れたのドタバタで大人気となり、2004年まで10年も続いた。当初、主演俳優のギャラは1話30分で30万ドルほどだったが、それは最終的に1話100万ドルを超えた。テレビが娯楽の王様だった時代の景気のいい話だ。

『フレンズ』の放送が終わってから20年目の2023年10月、チャンドラーことマシュー・ペリーが自宅で遺体で発見された。警察は「浴槽で溺死(できし)」と発表した。54歳。独り暮らしだった。

 ファンは驚かなかっただろう。マシュー・ペリーは『フレンズ』放送中からずっと、アルコール依存症に苦しみ、病と闘い続けていた。

 去年、マシュー・ペリーが出版した自叙伝(じじょでん)によると、14歳の頃から酒を飲み始めたという。24歳で『フレンズ』出演。瞬く間(またたくま)に大金持ち(おおかねもち)になり、アルコールの乱用がエスカレートしていった。さらに27歳の時、ジェットスキーの事故で怪我をして痛み止めを服用してから、オピオイド((Opioid)中毒に。その量は増え続け、1日に55錠も飲んでいた。体重は不安定で、多い時は100キロ、少ない時は58キロまで上下した。内臓(ないぞう)はボロボロだった。

『フレンズ』関係者にもペリーの異常は隠せなかった(かくせなかった)。撮影現場でも彼は朦朧(もうろう)としているか、逆に薬でハイになっているかで、台本の読み合わせにも支障をきたした。ジェニファー・アニストンは彼にそっと「酒臭いよ(さけくさいよ)」と言った。その声には不思議な憐れみと愛情がこもっていたという。

 その頃から亡くなるまで、ペリーは6000回のAA(アルコホーリクス・アノニマス(anonymous))の会合に出席し、15回入院した。

『フレンズ』のチャンドラーは、「僕は人にアドバイスできないんだ。皮肉しか言えない」とか、「不安と自己嫌悪なしにどう生きたらいいのかわからない」とか言っていた。それはある意味、マシュー・ペリーと重なっていたのだろう。

 しかし『フレンズ』のチャンドラーは、2001年についにモニカと結婚して皮肉屋を卒業し、幸福をつかんだ。だが、その結婚式のエピソードが放送された時、マシュー・ペリーはリハビリ施設に入院していた。『フレンズ』の後、マシュー・ペリーは俳優業からも遠ざかっていった。

「職人的な役者として働くことができなくなった。クスリもやめられなかった。『フレンズ』で週に100万ドル稼いでたから」

 30分ドラマで週に1億円以上稼いでたら、バカバカしくて映画なんかできないか。でも、マシュー・ペリーは少なくとも900万ドルを依存症のリハビリに費やしたと計算している。ドラッグにはそれ以上かもしれない。

 自宅とリハビリ施設を行ったり来たりしていたマシュー・ペリーだが、2013年、ついに高級住宅地マリブの豪邸をリハビリ施設に改造した。依存症の問題を抱える男性が住み込んで依存症からの脱出12ステップに参加できるようにした。

「あなたもそばにいてくれたから」

 しかし、それも長く続かなかった。長年のアルコールとドラッグでマシュー・ペリーの体調は悪化し(あっかし)、2018年には消化管穿孔((しょうかかんせんこう)で2週間昏睡状態に陥り、心臓と呼吸器をサポートするECMO(((たいがいしきまくがたじんこうはい))を装着した。医師は「生存確率2%」と宣告した。

 人工肛門になったものの、マシュー・ペリーは死の淵から生還した。そして2020年にはリハビリ施設で出会った女優モリー・ハーウィッツとの婚約を発表し、同棲を始めた。ペリーは跪いて(ひざまずいて)モリーにプロポーズしたという。

 いつまでも結婚しないペリーはゲイと噂されたこともあったが、実はジュリア・ロバーツやグウィネス・パルトロウなどの女優と真剣に付き合っていたこともある。しかし、いつも依存症が原因で破局してきた。

 今度もペリーは婚約を解消した。「プロポーズした時、僕はクスリでラリっていたんだ」とコメントして。

「彼は複雑な人でした」婚約を破棄されたモリー・ハーウィッツは彼を恨まずに追悼している。「今は安らぎ(やすらぎ)を得られたと思います」

『フレンズ』の5人の仲間は「今はあまりに打ちのめされています。気持ちを整理するのに時間が必要です」という共同声明を出した。でも、『フレンズ』の主題歌以上に彼らの気持ちを語る言葉があるだろうか。

誰も言ってくれなかったよね

あなたの人生がこんなになるなんて

あなたの人生のギヤは二速から上に入らない

何年もずっとそう

でも

私はあなたのそばにいくよ

前と同じように

そばにいくよ

だってあなたもそばにいてくれたから

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