町山智浩の言霊USA 第692回 2023/10/07

Shunning(アーミッシュが規律から離れた人物を忌避、排除すること)

 300年前の生活を守り、電気や自動車を拒絶してアメリカ中西部に暮らすスイス系移民、アーミッシュの村に取材した話の続き。アーミッシュを世界に紹介した映画『刑事ジョン・ブック/目撃者』から38年経って、アーミッシュは少しずつ変化していた。

 オハイオ州の「アーミッシュ・カントリー」に入ると、緑の丘が広がっている。その道路を黒い馬車(バギー,ばしゃ)が通っている。運転しているのは長い顎鬚(あごひげ)を伸ばした男性と、頭に白いボンネットをかぶった女性。アーミッシュだ。

 自転車も多い。だが、よく見ると、みんな電動自転車(でんどうじてんしゃ)だ。電気はご法度(はっと)じゃなかったの?

「このへんは坂が多いから、電動自転車はOKということになったんだ」

 そう語ってくれたのは、アーミッシュ馬車の製作所「ヒルサイド・バギー」の経営者アトリーさん。製作中の最新式の馬車を見せてもらった。ヘッドランプはLED。だからバッテリーも搭載している。御者席(ぎょしゃせき、Coachman)にはUSBポートもついてる! アーミッシュもスマホ使うの?

「スマホ機能のない携帯電話はかなり使ってるね」

 馬車のフレームは鋼鉄製で、溶接のためにアトリーさんは電気を使っている。もちろんアーミッシュなので電線から電気の供給を受けずに、発電機で作った電気を。自家発電は許されるらしい。

 次にアーミッシュの家具職人(かぐしょくにん)アルバートさんの工場へ。アーミッシュが釘(くぎ)を一本も使わないで作る家具は昔から人気だ。アーミッシュの職人が鋸(ノコギリ)やノミでトンテンカンと手作りする素朴(そぼく)な工場を想像していたが、行ってみると違った。

 コンピュータでコントロールする最新機材がそろっていた。完成した家具もシンプルだがモダンでシャープ。センスあふれる芸術品だった。

「一つ一つオーダーメイドで、テーブル1つ1万ドルくらいだよ」

 注文主は大富豪や大企業の経営者だという。アルバートさんの家具のカタログにはどこにも「アーミッシュ」と書いてない。アーミッシュであることを売り物にしないで、家具のクオリティだけでビジネスとして成功している。

 アーミッシュのヨーダー夫妻の御宅にお邪魔した。家だけで少なくとも50坪。その周りに広々とした庭と牧場がある。ヨーダー家のお母さん、ナオミさんが新しい家を案内しながら言う。

「子どもたちが独立する前はもっと大きな家に住んでたのよ」

 アーミッシュの家族は子沢山で、10人くらいが巨大な家に暮らしている。今は老夫婦と末っ子の3人暮らしだからダウンサイズした家を建てたそうだ。夫のレイさんは大工(だいく)さんで、シンプルだがモダンな最新鋭(さいしんえい)のデザインにした。家電もそろっている(テレビ以外)。電気はソーラー・パネル。

「何が禁止で何が許されるのかは、それぞれの『教会』で決めます」

 アーミッシュはローマン・カトリックの権威を否定したので、建物としての教会はない。アーミッシュの教会は信者のグループを意味する。25家族前後でひとつの「教会」を形成し、それが分裂していく。規律は「教会」での協議で決める。だから「教会」ごとに馬車や家電についてのルールがまちまちだ(さまざまな)。

「ラムシュプリンガはしましたか?」

 ヨーダー夫妻に聞いてみた。ラムシュプリンガとは、アーミッシュの男女が「教会」の一員として洗礼(せんれい)を受ける前に、イングリッシュ(英語を話すアーミッシュでない人々)の生活を体験すること。その期間は、酒や自動車などタブーとされていることが許される。

「ああ、自動車で遊んだよ」

 ヨーダー夫妻は遠い目をして微笑んだ。でも、2人はイングリッシュの生活を経験したうえで、あえてアーミッシュの人生を選んだ。

「僕は誇りに思ってる」

 「アーミッシュを選ばなかった人はShun(シャン)されるんですか?」

 Shunとはコミュニティから排除されること。かつてアーミッシュから離れた者は家族に二度と会えなくなったという。

「もう、それはないね」レイさんは言う。「うちの娘は結婚してアーミッシュを離れたけど、週に1回は会ってる。今日ももうすぐ来るよ」

 そう言ってるところに娘さん一家が訪れた。アーミッシュには禁じられた自動車に乗って。彼女は赤ちゃんを抱いていた。骨形成不全症(こつけいせいふ)の子を養子にしたという。ヨーダー夫妻はその赤ちゃんを抱っこ(だっこ)しながら、本当に幸福そうだった。

 別のアーミッシュ家族、ミラーさんの家にもお邪魔した。酪農家(らくのうか)で、50頭の乳牛(にゅうぎゅう)を飼っている。乳しぼりを手伝わせてもらったが、電動の搾乳機(さくにゅうき)を使うので楽だった。

「うちの乳はオーガニックで高く売れるから、家族だけで経営できてる」父親のロイドさんが言う。ちなみにビジネスのためにパソコンは使う。

「イングリッシュは牛を200頭に増やして人を雇って規模を大きくすればもっと儲かる(もうかる)というけど、それに何の意味があるんだ?」

 今は20歳の娘ジュディさんが父を手伝って農場を切り回しているが、この秋に嫁に行ってしまうので、今後はソーラー・パネルのセールスマンとして働いている末っ子のジャイフス君が姉に代わって家で働くことになるという。

 アーミッシュの村を出たいとか思ったことは? と尋ねるとジャイフス君は笑うだけで答えない。ロイド父さんが見てる前では話しにくいか?

 その代わりジャイフス君は自作の歌をギターの弾き語りで聴かせてくれた。

「毎朝4時に起きて乳しぼり。それが父さん(とうさん)の生き方。僕は誇りに思ってる」

 ロイドさんは黙って歌を聴いていた。ジャイフス君は恋人募集中(ぼしゅうちゅう)らしいので日本の人、どうですか? イケメンですよ。

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