町山智浩の言霊USA 第677回 2023/06/17

Doom Loop(ドゥーム・ループ=破滅へのスパイラル)

「シリコンバレーの首都」とも言われるサンフランシスコのダウンタウン(市街地の中心部)には、フェイスブック(メタ)、ツイッター、グーグルなどビッグテック企業やセールスフォースなどのマーケティング会社、金融会社の入った高層ビルが犇めいている(ひしめいている)。うちのカミさんも、そのうちの一つの社員なのだが、先日、コロナ以来3年ぶりに出勤することになった。

 コロナ禍(災い、わざわい)が始まってから、カミさんの会社では全社リモートワーク(在宅勤務)になった。とっくにコロナが収束した今もリモートは続いている。出勤しないで業務に支障がないなら、出勤しないに越したことはないから。

 コロナ前、カミさんはBART(バート、Bay Area Rapid Transit)という通勤電車で1時間もかけて出勤していた。サンフランシスコは不動産価格が全米で最も高い。1DKのアパートの家賃が平均3300ドル、つまり約46万円! 住宅費は収入の3割が適正(てきせい)と言われるから、サンフランシスコに住むには年収1840万円が必要となる。

 そりゃ無理だから、多くの人は、ダウンタウンからBARTで1時間以上離れた郊外から通勤していた。つまり週に10時間以上が通勤時間。それがリモートワークで浮いたわけ。

 でも、誰も来ないオフィスをバカ高い賃料(東京の5倍以上)で維持するのは無駄すぎる。だからカミさんの会社は「コロナが終わったから、せめて週に2日は出社してください」と社員に通告し、カミさんは3年ぶりに出勤していった。自分も、最近のサンフランシスコに興味があったので、その会社を訪ねてみた。

 コロナ前、サンフランシスコのダウンタウンは世界で最もイケ好かない((exp,adj-i) nasty; disgusting; detestable; unpleasant; disagreeable; creepy)街だった。20代で年収1000万円を超えるITエリートたち目当ての超高級店が並んでいたから。ヨガ用パンツを2万円で売るスポーツ・ブティックとか、ロクに出汁もとってないラーメンを1杯3500円で出す高級レストランとかね。

 ところが、BARTの駅を降りて地上(ちじょう)に出ると、ダウンタウンはゴーストタウンになっていた。

 人が歩いてない。高層オフィス・ビルの1階にあったレストランやカフェ、ブティックはみんな空(から)。その軒下(のきした)にはホームレスのテントが並んでいる。サンフランシスコの路上生活人口は約8000人だという。道端には彼らが捨てたヘロインの注射器、それに人糞(じんぷん)……。

 それを踏まないように歩きながら、カミさんの会社を訪ねると、従業員2000人の巨大なオフィスで、実際に働いているのは……たった数人。アメリカ人は社畜(しゃちく)じゃないから、必要のない会社の命令には従わないんだね。

 現在、ダウンタウンのオフィスの空き率は29%。企業が入っているビルも、こんな感じで社員はほとんど出社してない。さらに2022年からのIT株大暴落で、ツイッターは6000人解雇(かいこ)、フェイスブックは5000人、シリコンバレー全体で10万人以上が失職(しっしょく)した。UCバークレーが調査したところ、ダウンタウンでの携帯使用量はコロナ前の32%。つまり人が3割に減ったのだ。

 閑古鳥の鳴く(cuckoo,かんこどりがなく、 deserted.)ダウンタウンの店は万引きや強盗の餌食(えじき)になった。ルイ・ヴィトンやバーバリーの店舗(てんぽ)を暴徒(ぼうと)が一斉に襲った(おそった)。多勢に無勢で( 【たぜいにぶぜい】 (exp,n) being outnumberedで )、警備員たちは何もできずに略奪(りゃくだつ)を見ているしかなかった。ヴィトン襲撃犯は監視カメラで特定されて、後に次々と逮捕されたが、類似(るいじ)の事件は頻発(ひんぱつ)し、多くの小売店(こうりてん)やレストランが堪り兼ねて(たまりかねて、 to be unable to bear (something) any longer)閉店した。コロナ前に比べてサンフランシスコの飲食業者は55%、サービス従業者は34%が減ったという。

 かくして街にはホームレスだけが残った。

「Doom Loopが起こるかもしれない」

 地元紙サンフランシスコ・クロニクル(San Francisco Chronicle)は3月30日付で、ドゥーム・ループ(破滅へのスパイラル)という言葉で、ダウンタウンの空洞化(くうどうか)で税収を失ったサンフランシスコ市が破綻する可能性を警告した。

原因はコロナではない

 なかでもオフィス・ビルの固定資産税は莫大(ばくだい)なので、不動産価値が下がれば、市は大赤字(だいあかじ)になる。そうなると警察や清掃、ホームレス対策などの公共サービスの質が落ちて、ますますサンフランシスコは荒廃(こうはい)していく。

 こんな事態(じたい)になったのはコロナのせいではない。全米の他の地域では、こんなことは起こってない。南部や田舎はもっと貧しく、失業者もはるかに多いが、ホームレスはこんなに大勢いない。なぜなら、タダ同然のトレーラーハウスや貧乏アパートが山ほどあるからだ。

 ところがサンフランシスコ市では、2015年から2021年にかけて建設された約2万2000戸の住宅のうち、年収600万円以下の世帯(せたい)が買える住宅はわずか9%しかなかった。それ以外は年収1000万円以上の世帯向けばかり。住宅販売業者も、それに認可を与える市の政府も、金儲けしか考えてない。

 だから、サンフランシスコ市長のロンドン・ブリードはホームレスを収容する公営住宅の建設を打ち出しているのだが、周辺住民の反対で一向に進まない。

 破綻した空っぽの高層オフィス・ビルを市が中低所得者向け住宅に作り変える案も出ている。そうして住民を集めれば小売や飲食業も復活させられるだろう。ドゥーム・ループに陥る前にやらないと財源がなくなる。

 今のサンフランシスコを観てると、ゾンビ映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督の映画『ランド・オブ・ザ・デッド(Land of the Dead)』(2005年)を思い出す。金持ちの住む高層ビルの足元はゾンビだらけ。それが庶民を捨てた街の末路(まつろ)だ。

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