池上彰のそこからですか!? 第589回 2023/10/13

アメリカ議会の混乱続く

Q アメリカの議会がひどいことになってるっすね。日本の国会も自慢できたもんじゃないけど、アメリカの混乱を見ると、日本の方がまともに見えるっすよ。

A お前の言葉遣いの方がまともじゃないけどな。アメリカ連邦議会下院の議長が解任された件だな。共和党の議長なのに、解任に賛成する共和党議員が8人も出た。

Q 下院の議長って、えらいんでしょう?

A 大統領の継承順位が2番手なんだ。もし大統領が亡くなったり辞任したりしたら、副大統領が大統領に昇格する。もし副大統領もいなくなったときに昇格するのが連邦議会下院の議長なんだ。

Q この順番って、厳密に決められているんでしょう?

A その通り。下院議長の次は上院仮議長(じょういんかりぎちょう)だ。

Q ちょっと待ってくださいよ。なぜ上院の議長じゃないんすか?

A 実は上院の議長は副大統領が兼ねているからだ。もし副大統領に何かあったら、上院の議長もいなくなるわけだから、それに備えて仮議長が存在する。

Q その後も決まっているの?

A 次が国務長官、そして財務長官、国防長官、司法長官と続いていく。

Q これ、どういう順番なんすか?

A 国務長官は日本で言えば外務大臣。その人が、こんなに継承順位が上なのは、アメリカという国ができたばかりのときに、国務長官が多くの仕事を抱えていて、重要な役職だったからだ。「国務」つまり「国の仕事」のほとんどを担当していたんだ。その後、国務長官の仕事の中身は別の役所が誕生して引き継ぐようになり、残ったのは外交だけになったというわけだ。でも、歴史的な経緯から国務長官の地位が高い。

Q 今回の混乱は、そもそもどうして始まったんすか?

A アメリカの国家予算案を認めるかどうかの対立からなんだ。日本の国家予算の会計年度は毎年4月から翌年3月までだろう。アメリカは10月から翌年9月までだ。予算案を作るのは、日本は内閣だけど、アメリカは議会が担当する。連邦議会の下院と上院が話し合って予算案を作成し、上下両院(じょうげりょういん)で可決され、大統領が署名(しょめい)して初めて成立する。

Q そうか、大統領にばかり権力を集中させないで、議会にも力を持たせるんだ。

A おや、理解が早いな。

Q でも、連邦議会の上院は民主党が多くても下院は共和党が多いという“ねじれ議会(ねじれぎかい)”でしょ。どうやって予算案を作成するんすか?

A お前にこんな高度な質問ができるわけないな。こういう質問をしろと言われたんだろう。それはともかく、結局は共和党と民主党の妥協によって予算案を作るしかない。

 民主党は、どちらかというと「大きな政府」を志向するので、国債を発行して財政規模を拡大し、ウクライナへの軍事支援を続けるという予算案を作成した。

ウクライナ支援に赤信号

 ところが共和党の中には、トランプ支持の強硬派(きょうこうは)がいて、「大幅な財政支出の削減」と、不法移民が入って来ないようにメキシコとの国境の警備を厳重にすること、ウクライナ支援をしないことを求めたんだ。

Q これじゃあ予算案がまとまるわけがない。

A その通り。でも9月中に決着しないと、10月からは予算がなくなってしまう。連邦政府の役人たちが自宅待機させられるなど政府の機能が停止してしまう危機に陥った。そこで下院のケビン・マッカーシー議長は苦渋の決断をした。予算が成立しなければ連邦政府が閉鎖になるので、とりあえず11月中旬までの「つなぎ予算」を成立させることにした。でも、共和党内の強硬派はこれに納得しない。そこでマッカーシー議長は民主党議員の協力を求めて予算を成立させた。これに強硬派が猛反発。熱烈なトランプ支持派のマット・ゲーツ下院議員が議長解任決議案を提出。これが可決され、マッカーシー議長は議長を辞めさせられた。

 議長の解任は史上初だ。こうなったのにはマッカーシー氏の自業自得(じごうじとく)の要素もある。実は今年1月、新しく下院議長を選ぶ選挙が行われた。下院全体では共和党員が多数派だから順当にいけばマッカーシー議長が誕生するはずだったんだが、トランプ支持の強硬派が反対。何度投票しても過半数の支持を得られなかった。そこでマッカーシー氏は「下院議員が1人だけでも議長解任決議案を出せる」ようにルールを変えることで強硬派の支持を取り付け、15回目の投票でやっと選ばれた。

Q 「たった1人でも解任決議案を提出できる」ようにしたことで、結局自分が解任されたんですね。皮肉なもんだな。

 でも、マッカーシー議長は民主党と協力して「つなぎ予算」を成立させたんでしょ。民主党が解任に反対すれば解任されなかったのに、賛成したんでしょ。解任に反対してマッカーシー議長を自分の方の味方につける方法もあったんじゃないの。

A 民主党もお粗末に思えるな。実はマッカーシー議長は、党内の強硬派の圧力を受けて、バイデン大統領を弾劾するための調査を始めていた。これが民主党は気に食わない。そこで解任に賛成したんだけど、これで議会は大混乱に陥っている。

 早く新議長を決め、本予算を成立させないと、「つなぎ予算」にはウクライナへの支援は盛り込まれていないから、アメリカはウクライナへの軍事支援ができなくなる。ウクライナ軍がロシア軍に負けてしまいかねない状況なんだ。

Q で、新たな下院議長はどうなりそうなんすか?

A これが見通せない。中には「トランプ前大統領に下院議長になってもらおう」という声まで出ている。「下院議長は現職議員でなければならない」という規定はないからだ。

Q 混乱の陰にはトランプ前大統領の姿があるんすね。