池上彰のそこからですか!? 第586回 2023/09/22

日銀総裁発言で円安動く

Q このところ、またも円安。海外旅行に行くのに費用がかかって大変。どうにかならないもんすか。

A 去年10月にアメリカ取材に行ったときは、マンハッタンのラーメン店で豚骨ラーメンと餃子を頼んだら、ニューヨーク州の付加価値税とチップを含めて、日本円で5400円もかかった。1ドルが150円だったからだ。いまは1ドルが147円台だけど、ニューヨークはさらに物価が上がったため、ラーメンと餃子の代金は、日本円にするともっと高くなっているそうだ。

Q 円安になっているのは、「日米金利差」が原因だなんて言うけど、どういうことなんすか?

A 日本は景気対策のために日銀が金融緩和を続け、金利はほとんどゼロ。日本で銀行預金しても資金は増えない。その点アメリカは、景気が回復して金利が高い。アメリカで預金すれば、日本より利子(りし)が多くもらえる。そこで円をドルに替える動きが進み、円安になったというわけ。

Q でも、その程度の金利差で、わざわざ円をドルに替える人がどれだけいるんすか?

A いい質問だねえ。わざわざドルに替えておこうと考える個人はそんなにいないだろう。でも、世界の投資家は、「金利に差がついたら為替レートが動く」という経験則から、脊髄反射的(せきずいはんしゃてき)に円をドルに替えて利ザヤを稼ごうとする。そんな動きが一斉に起きるので、円安になるんだ。

Q みんながするから自分もするというわけか。それにしても、先日ちょっと円高になったのは、日銀総裁の発言がきっかけだったと聞いたんすが、どういうこと?

A ああ、読売新聞の記事だね。9月9(ここのか)日の読売新聞朝刊の一面トップで、植田和男日銀総裁の単独インタビューが掲載された件だ。

Q 日銀総裁単独インタビューなんて、日経新聞がやるものと思っていたから意外。日経新聞の日銀担当記者は上司から怒られたろうなあ。

A この記事で投資家たちが注目したのは、次の箇所(かしょ)だ。

〈植田氏は、短期金利をマイナス0.1%とするマイナス金利政策の解除のタイミングについて、「経済・物価情勢が上振れした場合、いろいろな手段について選択肢はある」と回答。さらに、「マイナス金利の解除後も物価目標の達成が可能と判断すれば、(解除を)やる」と述べた。

 具体的な時期は、現状では「到底決め打ちできる段階ではない」とした。来春の賃上げ動向を含め、「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」とした。〉

Q マイナス金利って、どういうことっすか? 金利がマイナスだったら、誰も預金なんかしないっしょ。

A 金融機関同士は、いつも資金の貸し借りをしている。ふだん金庫に多額の資金を置いておらず、急に多額の資金を引き出す会社が出たときは、ほかの金融機関からお金を借りるんだ。このときに適用されるのが「短期金利」だ。これは、実際にはほとんどゼロに近い金利。でも、これとは別に金融機関が日銀に預けている預金があって、この一部に適用されるのがマイナス金利なんだ。 植田発言は「円安を止めるため?」

Q どういうことっすか?

A この預金は「準備預金」といって、金融機関にもしものことがあった場合、日銀がこの資金を使って金融機関を助けることができるようにしている。この預金に日銀は0.1%の金利をつけてきた。ところが、民間の金融機関は、有力な貸出先が見つからないため、日銀に多額の資金を預けたまんま。これでは世の中にお金が出て行かないと考えた日銀は、一定額を超えた預金から0.1%の手数料を取ることにした。つまり預けていると資金が減る。これがマイナス金利だ。金融機関は、これでは損をするので、ほかに貸出先(かしだしさき)を探すようになり、この動きが景気にプラスになると日銀は考えたんだ。

Q これが、どうして円高のきっかけになったんすか?

A ずっとその言い方だ。もう少し言い方に気を付けなさい。ここで注目されたのは、植田総裁がマイナス金利の解除に言及したこと。そこで投資家たちは以下のように考えた。

 日銀が金利を上げるかもしれない→日米の金利差が縮まるかもしれない→ドルから円に替える人が出るかもしれない→その前に円に替えておこう

 こう考える投資家が増えれば、円高になるだろう。事実、読売新聞の報道後に、1ドルは145円台にまで円高になった。

Q でも、円高に動かそうとするのは、本来は財務省の仕事でしょ。

A よく知っているなあ。でも、お前にこんな発言をさせるなんて、この対話の文章を書いている著者の池上のご都合主義だなあ。

 それはともかく、為替政策を担当するのは財務省。最近の円安の進行に危機感を持ち、鈴木俊一財務大臣や神田眞人財務官は、円安の進行を止めるために「あらゆる選択肢を排除せず適切な対応を取りたい」と言ってきた。でも、実際に行動に出たわけではない。こういうのを「口先介入」という。つまり、円買いドル売りという実際の為替介入には踏み切らないで口先だけで相場を動かそうとすること。

 ところが投資家たちは、こういう口先介入には慣れてしまい、「どうせ実際に介入するつもりはないんだろう」と足元を見ている。

Q そこで日銀総裁の出番なんだ。

A 日銀総裁も、金利の引き上げを明言したわけではないけれど、発言したこと自体が投資家には驚きで、慌てて円買いドル売りを始めた。

Q つまり日銀も口先介入したようなもんだ。

A この点に関して日経新聞が9月12日の朝刊で、植田発言は「表向きは言えないだろうが、円安を止める目的があった」という市場関係者の解釈を紹介している。とはいえ、その後すぐに再び円安に戻った。投資家たちに読まれているのかも。