池上彰のそこからですか!? 第585回   2023/09/15

「文化大革命(ぶんかだいかくめい)2.0」?

Q 最近の中国って、おかしくないっすか。処理水を「核汚染水(かくおせんすい)」なんて呼んで、日本の水産物を全面禁輸(きんゆ)にするなんて。嫌がらせ電話もいっぱいかけてくるし。

A 日本の水産物が危険だったら、これから中国の漁船は日本近海で漁をしなくなるんですか、と聞いてみたくなるね。トリチウムだったら中国の原子力発電所だって大量に海に流しているくせに知らん顔だから。

Q いま中国の若者の失業率は凄い数字になっているらしいっすね。嫌がらせ電話は若者たちのストレス発散ですかね。

A 今年6月の若者の失業率が20%を超えてしまったら、7月は数字の発表をやめてしまった。

Q 自分に都合の悪いことは隠すという、いつものパターンかな。

A そうだね。中国の大学の卒業は6〜7月。大学は出たけれど就職できないという若者が激増するので数字(すうじ)の公表をやめたらしい。「データの処理の方法を見直すため」と弁解しているけど、とても発表できない数字になっているらしい。

Q 最近の中国からは、大手不動産業者の経営不振のニュースも入ってくるし、おかしいっすね。そういえば「文化大革命2.0」なんて表現も目にしたんすが、どういうことっすか?

A 習近平国家主席が、かつての毛沢東が実現しようとしてできなかった「文化大革命」を本気になって実行しようとしているのではないか、ということなんだ。

Q そもそも「文化大革命」とは何かと思って調べたんすよ。

〈毛沢東が展開した政治運動。その契機は、毛の主導で1958年に始まった農工業の増産運動「大躍進政策」が失敗し、農業生産が激減、全国で大飢饉(だいききん)が発生したこと。毛は党内の権力基盤が弱まり、国家主席を継いだ劉少奇が権力を強めた。そこで毛は66年、権力奪回(だっかい)をめざして文化大革命を発動した〉(2021年9月8日付日経新聞電子版)

A 当時は「永続革命」なんて言葉も出て、共産主義の理想に向けて革命を続けなければいけないと称し、劉少奇や鄧小平を失脚させた。要は毛沢東が仕掛けた権力闘争だったというのが、いまの歴史的評価だ。毛沢東は自身への個人崇拝(こじんすうはい)を強制し、人々に「毛沢東語録」をバイブルのように読ませたんだ。

Q いまの中国では、いたるところに習近平の写真が掲げられ(かかげられ)、個人崇拝が進んでいると聞いたんすけど。

A 君のその言い方、もう少しなんとかならないのかね。それはともかく、2021年9月の新学期から「習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想(習近平思想)」と題した教科書が使われるようになった。小学校から高校まで、それぞれのレベルに合わせた内容で、週1コマの授業が必修(ひっしゅう)になったんだ。

 また、共産党員も全員、「習近平思想」を専用アプリで学ぶことが義務付けられている。いわば「現代版毛沢東語録」かな。

2049年までに世界の強国に

Q どんな内容っすか? あ、いや、どんな内容なんですか?( What kind of content is it? Oh, no, what kind of content is it?)

A 中華人民共和国の建国100周年にあたる2049年までに「世界一の強国」になるという目標を掲げている。政治も経済も軍事も文化も科学技術も宇宙開発でも世界一の強国(きょうこく)になるべきだというんだ。

 でも、それだけではない。「共同富裕(きょうどうふゆう」というのがキーワードだ。

Q つまり「みんな揃って豊かになろう」というわけか。

A これは、実は毛沢東が言っていた言葉でもある。ところが実際には失敗続きで、みんな平等に貧しくなってしまった。これに対して毛沢東の死後、復権した鄧小平は「先富論(せんぷろん)」を打ち出した。まずは豊かになれる者から豊かになればいい。そうすれば、やがてみんな豊かになるという考え方だった。

Q それをやったら、確かに国家としては豊かになったけど、格差が拡大してしまった。

A そこで習近平は、今度こそ「共同富裕」を実現しようとしている。真面目に共産主義の実現を目指しているようなんだ。マンションブームが起きて不動産価格が高騰し、「マイホームが持てない」という庶民の不満が高まったら、金融機関に対して不動産業界に金を貸さないように指導した。そうしたら不動産価格が暴落。不動産業界全体が不振に陥ったけれど、不動産業界を救済しようとすると、「庶民を助けずに大手企業を救済しようとするのか」という批判が出てしまうので、何も手を打てないでいる。

Q こんな状態なら、習近平主席に対する批判が起きてもいいのに。

A 実は文化大革命でも、その前の「大躍進政策」でも、国民の声は封じられて毛沢東への批判は起きなかった。というのも、1956年、毛沢東は「百花斉放・百家争鳴(ひゃっかせいほう・ひゃっかそうめい)」というスローガンで、共産党批判を呼びかけたんだ。「共産党の欠陥を指摘してもらうことで、党をより良くするため」と説明した。ところが、これを信じて共産党を批判した人たちは、「右派」として粛清された。これ以降、人々は共産党や毛沢東の批判ができなくなり、毛沢東の暴走を防げなかった(さまたげなかった)。

Q 習近平はどうなんですか。

A 習近平は大儲けをしている企業を摘発したり、外国企業を目の敵にしたり、反スパイ法を強化したりしているため、外国企業が逃げ出し始めているけど、誰も反対できない。習近平が国家主席になった途端、「虎もハエも叩く」と言って、汚職追放運動を始めたろう。虎は高官、ハエはヒラの役人。汚職役人は全部牢にぶち込むとばかりにキャンペーンをはり、一気に5万人以上が摘発された。これ以降、習近平に逆らう(さからう)と「腐敗分子」として粛清されてしまうという恐怖が広がった。だから「文化大革命2.0」なんて呼ばれるんだ。

Q ということは、当分この状態が続くんすね。

文化大革命2.0.png