池上彰のそこからですか!? 第584回 2023/09/08

「民主党の検察官」とは?

 アメリカのトランプ前大統領が合わせて4回も起訴されました。これには州の地区検察官による起訴や連邦検察官による起訴が含まれています。ここにはどんな違いがあるのでしょうか。

 最初に起訴されたのは今年の3月。トランプ前大統領が選挙期間中の2016年、不倫相手だった元ポルノ女優に13万ドル(現レートで約1900万円)を口止め料として支払いながら弁護士費用だと記録を改竄した「ニューヨーク州法違反」です。起訴を担当したのはニューヨーク州マンハッタン地区検察官です。

 2件目は今年6月の起訴。大統領を退任後、300点以上の機密文書をホワイトハウスからフロリダの自宅に持ち出したという「連邦法違反」。起訴を担当したのは司法省の連邦検察官です。

 3件目は2020年の大統領選挙の結果を覆そうと、手続きを妨害した「連邦法違反」による今年8月の起訴。こちらも起訴したのは司法省の連邦検察官です。

 そして4件目も今年8月。こちらは大統領選挙に関しジョージア州でトランプが勝ったという虚偽(きょぎ)の結果を出そうとした「ジョージア州法違反」。起訴を担当したのはジョージア州フルトン郡の検察官です。

 今後の裁判はそれぞれニューヨーク州、フロリダ州、ワシントン特別区、ジョージア州で行われます。トランプ前大統領が出廷する場合、その準備や移動は大変です。来年の大統領選挙に向けて、これから共和党の大統領候補選びが始まりますから、その準備と両立させるには苦労することでしょう。こうしたことからトランプ前大統領は「選挙妨害だ」と怒っています。

 それでもトランプ氏は達者(たっしゃ)です。ジョージア州法違反で逮捕されたときは、容疑者として撮影された写真をあしらったTシャツやマグカップなどのグッズを売り出し、瞬く間に日本円で10億円の売り上げを記録しています。

 今回の事件で起訴を担当した2人の地区検察官は民主党員です。これには違和感を持つ人もいるのではないでしょうか。日本の場合、検察官が自民党員だったり立憲民主党員だったりということはないからです。

 でもアメリカでは、連邦検察官は大統領によって任命され、州の地区検察官は選挙で選ばれることになっているのです。連邦検察官は大統領によって任命されていますから、トランプ前大統領にしてみれば、「民主党の大統領の指示で動く検察官だろう」となります。また地区検察官は民主党員ですから、「民主党による選挙妨害(ぼうがい)だ」というわけです。

 今回の起訴が民主党によるトランプ攻撃だと見るのはトランプ氏ばかりではありません。共和党が主導権を握る連邦議会下院の司法委員会は、トランプ氏を起訴したジョージア州フルトン郡の地区検察官の調査を開始しました。地区検察官が民主党員としての政治的意図を持ってトランプ氏を起訴したのではないかという疑いからです。

民主主義の選挙が分断を招く

 アメリカは民主主義の国。何でも選挙で決めようとする国です。でも、検察官も選挙で選ぶとなると、司法の場(しほうのば)に政治的対立が持ち込まれる恐れがあります。マンハッタン地区の検察官もフルトン郡(ぐん)の検察官も、民主党員として当選してきました。次の選挙にも立候補することを意識していたら、自身の支持基盤が喜ぶことをするのではないか。民主党支持者たちがトランプを嫌っている(きらっている)から、トランプを起訴に持ち込めば、次の選挙でも有利になると考えているのではないかというわけです。

 選挙で選ばれる公職には、ほかにも多くのものがあります。代表的なものは「保安官」(シェリフ)です。まるで西部劇の世界のような役職はいまも存在し、地方での警察業務を担当します。保安官事務所のトップの保安官は選挙で選ばれますが、その下で実際に制服を着て警察業務を担当する人間はプロとして採用されます。保安官が選挙で選ばれるとなると、次の選挙でも当選したいと考える保安官が治安維持のために強硬策(きょうこうさく)を取ったり、早く事件を解決するように部下に圧力をかけたりする可能性があります。

 たとえばアリゾナ州マリコパ郡のジョー・アルパイオ元保安官は共和党員。「全米一のタフな保安官」と称し、刑務所の服役囚を酷暑のアリゾナの砂漠で生活させたり、スペイン語を話す人間を不法移民とみなして拘束したりなどの強硬策で共和党員の支持を得て当選を続けてきました。

 しかし、あまりに強硬で、裁判所の命令に違反するなどの態度を取ったために、2016年の選挙で民主党員の保安官に敗れました。新たな保安官は、囚人(しゅじん)の砂漠での生活をやめさせています。

 保安官を選挙で選ぶと、こういうことが起きるのですね。では、どういう職種が選挙で選ばれるのか。

「米国憲法は連邦レベルの公職に就くための資格を定めているが、全米50州はそれぞれ独自の憲法を持ち、州の役職に関する独自の規則を設けている。

 例えば、ほとんどの州では州知事の任期は4年だが、任期が2年の州もある。裁判官についても、州によっては有権者が選ぶところもあるが、任命制を採用している州もある。州および地方で選挙によって選ばれる公職者は、知事や州議会議員から教育委員会の委員、さらには野犬捕獲員(やけんほかくいん)まで何千人にも及ぶ」(アメリカンセンターJAPANのウェブサイトより)

 保安官ばかりでなく、裁判官まで選挙で選ぶところがあるのですね。判決が党派によって偏って(かたよって)しまわないのでしょうか。

 教育委員も選挙で選ぶため、「人間は神さまがおつくりになった。学校で進化論など教えないようにさせます」というキリスト教原理主義者が当選することもあります。

 民主主義の基本は選挙。しかし選挙は万能ではないのです。