池上彰のそこからですか!? 第582回
米国債が格下げになった
アメリカの民主党と共和党の対立による混乱は、米国債(べいこくさい)の格下げ(かくさげ)という事態になってしまいました。大手の格付け(かくづけ)会社のフィッチ・レーティングス (Fitch Ratings Ltd.)が、今月1日、米国債の格付けを最上位の「AAA(トリプルA)」から1段階下げて「AA(ダブルA)プラス」にしたのです。世界で最も信用度の高いアメリカの国債の格付けが下がったというニュースを受け、日本国内で株価が一時暴落してしまいました。これは何を意味しているのでしょうか。
まずは「格付け会社」とは何か。企業は資金を集めるために社債(しゃさい)を発行することがあります。その際、たとえば「5年満期で金利〇パーセント」という条件をつけます。要はお金を借りるのですね。でも、社債を買う側にしてみれば、満期になったときにちゃんとお金が返ってくるか不安になります。そこで社債を発行する企業は、第三者の格付け会社に手数料を払って格付けをしてもらいます。それが「AAA」などの格付けです。
格付けが高ければ(たかければ)、満期にお金が返ってくる可能性が高く、リスクが低いので低い金利で社債を発行できます。買う側もリスクが低いので安心して購入できます。
一方、たとえば格付けが「BBマイナス」などになると、お金が戻ってこないリスクが「AAA」よりは高まりますので、高い金利を保証しないと社債は売れません。
こうした格付けをする会社は日本にもありますが、国際的に知られているのは、フィッチのほかに「ムーディーズ」と「スタンダード&プアーズ」(S&P)があります。
この3社は、社債を発行する企業からの依頼を受けて格付けを行いますが、これとは別に国別に国債の格付けも行っています。これは依頼を受けたものではないので、「勝手格付け(かってかくづけ)」と呼ばれます。今回のフィッチの格付け(かくづけ)も、その一環です。
アメリカの国債は、どれほど信用度が高いのか。フィッチによる他の主要国の格付けを見ると、ドイツは「AAA」ですが、カナダは「AAプラス」、イギリスとフランスは「AAマイナス」、中国が「A(シングルA)プラス」、日本が「A(シングルAフラット(flat)」です。イタリアは「BBB」でG7の中では最も低くなっていますが、日本は中国より低いのです。それは、フィッチが日本の赤字国債発行額が巨額に上っていることを問題視しているからです。
日本も含め世界各国の政府や企業は、外貨(ドル)収入があると、そのまま持っていても増えないので、アメリカの国債を買って持っています。そうすればドルそのものを持っているのと同じくらい安心だし、金利収入も期待できるからです。
その格付けが下がったので世界に衝撃が広がったのです。
フィッチはなぜ格下げしたのか。アメリカは今後も財政悪化が進む見通しである一方で、債務(さいむ)の上限をめぐって政治的な対立が繰り返され、ガバナンス(統治)が劣化してきたからだと説明しています。
格付け下がって円安続く?
「債務の上限をめぐって政治的な対立」というのには説明が必要ですね。アメリカでは発行できる赤字国債に上限額が設けられているのです。日本は政府がどんどん赤字国債を増発(ぞうはつ)していますが、アメリカでは、上限を超えて赤字国債を発行する場合は、議会の承認が必要なのです。
このところアメリカでは景気対策やコロナ対策で政府の支出が増えた分だけ赤字国債の発行額も増え、今年6月5日には債務の上限に達するところでした。その結果、アメリカ政府が過去に発行した国債の満期が来ても金が払えない(これをデフォルトという)という状態の一歩手前まで達しました(たっしまいsた)。民主党は「大きな政府」を容認する立場ですから上限の引き上げに積極的でしたが、共和党は「小さな政府」を志向し、上限引き上げに反対。終盤まで縺れ込みました(もつれ込みました)。結局、デフォルト寸前で妥協が成立し、上限の適用が2025年1月まで停止されました。ということは、2025年には再び混乱が引き起こされる可能性があるということですが。
実は債務上限問題はオバマ政権時代の2011年にも起きています。当時は“ねじれ議会”。国債発行額が当時の上限に達すると、議会多数派の共和党が引き上げに反対し、デフォルト寸前になりました。最終的に妥協が成立しましたが、このときは格付け会社のうちS&Pが格付けを最上位から1段下げています。それ以来の出来事だったのです。
このときの赤字国債の発行額はアメリカの対GDP比で65.5%でした。S&Pとしては、当時でも赤字国債の発行額が多すぎると判断していたのですね。
ところが今年は対GDP比が98.2%に達する見込みです。
このままでは2033年までに対GDP比が115%に達すると予想されています。こんなに赤字国債発行額が増えたら、財政破綻の可能性が高まってしまうという懸念をフィッチは持ったのですね。
こんな風にアメリカの赤字国債の発行額が増えていることを指摘したら、「じゃあ、日本はどうなんだ」と言われそうですね。はい、日本の赤字国債発行額はGDPの2.6倍にも達しています。それに比べればアメリカの債務など大したことはないと言いたくなりますが、日本はそれだけ債務が大きいので、フィッチの格付けが中国よりも下なのです。
米国債の格付けが下がると、何が起きるのか。格付けが下がった分、米国債は金利を高くせざるをえません。金利が高くなれば、皮肉なことですが米国債の人気は高まります。格付けが少々下がったところで、米国債が紙くずになるわけはないとみんな思っているからです。
こうなると、日米の金利差は依然広がるばかり。日本よりアメリカで投資した方が利益が上がると考える人が増えれば、円安が解消される可能性は低くなってしまうのです。