池上彰のそこからですか!? 第577回 2023/07/07

プリゴジンの乱は「三角関係のもつれ」?

 ロシアの民間軍事会社「ワグネル」を率いていたエフゲニー・プリゴジン( Yevgeny Prigozhin) が起こした突然の乱。ロシアが内戦に陥るのではないかと思った人もいたことでしょう。でも、結果は、あっという間の腰砕け(こしくだけ)。何があったのでしょうか。私は「三角関係のもつれ」ではないかと見ています。えっ、なんのことかって?

 プリゴジンは、ロシアのプーチン大統領と同じレニングラード(現在のサンクトペテルブルグ)出身で、長年大統領の寵愛を受けて事業を拡大してきました。

 過去には数々の犯罪で9年間の刑務所暮らしを経験しましたが、ソ連崩壊後、高級レストランの経営で成功。プーチンらロシア政府幹部が客を接待するときの場所の提供や仕出し(しだし)を担当して、プーチンとの関係を深めます。その結果、「大統領のシェフ」と呼ばれるようになります。

 それがやがて、プーチン大統領の信頼を得たことで、ロシアの正規軍ができないような“汚れ仕事”を引き受けるようになりました。

 たとえば2014年にウクライナ東部の親ロシア系武装勢力がウクライナからの独立を求めてウクライナ軍と戦闘状態に入ると、プーチン大統領は「ウクライナにはロシア軍はいない」と言ってきました。実際はワグネルの兵士が投入されてきたのです。ワグネルの兵士たちは傭兵(ようへい)。要(よう)は金目当て(かねめあて)に軍事行動に参加していたのです。

 ウクライナでの戦闘が長引く(ながびく)と、プーチン大統領としては若者たちを徴兵して戦線に投入したいところですが、一部で徴兵を始めたところ、多くの若者が国外に逃げ出し、混乱が起きました。そこで、徴兵よりは金で動く連中を戦場(せんじょう)に投入しようということになっているのです。

 また中東やアフリカの独裁国家の要請を受けてワグネルの兵士が投入され、その残虐な(ざんぎゃくな)行為が報道されていますが、プーチン大統領は「ロシア軍は関与していない」と言い張れる(いいはれる)という、便利な組織(そしき)なのです。

 ちなみにワグネルとは、ナチスドイツのヒトラーが愛した作曲家ワーグナーのロシア語読み。組織を作ったロシアのGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)の中佐だったドミトリー・ウトキンという人物が、ネオナチ思想の持ち主でワーグナーが好きだったことからこの名前に。

 プーチン大統領は、ウクライナ政府が「ネオナチだ」と言って軍事侵攻を始めましたが、皮肉なことにネオナチはお膝元にいたのです。

 ワグネルは、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻の初期から戦場で戦ってきました。民間人への暴行や拷問などの残虐な行為を繰り返してきたと言われています。彼らはウクライナ軍との激戦地となったバフムトでは、2万人の兵士を失ったとしています。

 これだけの犠牲を払ってきたことから、プリゴジンとしては、プーチン大統領からの覚えめでたく(おぼえめでたく)なるだろうと期待したのですが、一方、国防相やロシア軍幹部にしてみれば、不正規の兵士が活躍するのは面白くありません。ワグネルへの支援も滞りがち(とどこおりがち)でした。

プーチンはショイグ国防相を選んだ

 これに怒ったのがプリゴジンでした。ロシア版SNSで、「弾薬(だんやく)が来ない」などと不満を述べ、セルゲイ・ショイグ国防相とロシア軍のヴァレリー・ゲラシモフ参謀総長を名指しで批判(ひはん)していました。プリゴジンにしてみれば、プーチンの寵愛を受けている自分が、この2人を批判すれば、大統領は2人を排除してくれるのではないかと期待したのでしょう。しかし大統領は、2人を排除しませんでした。

 それならば、実力で2人を排除してみせる。今回のプリゴジンの乱は、「大統領、あなたはどちらを選びますか?」という求愛行動のように見えてしまうのです。

 その結果は、プーチン大統領がテレビ演説でプリゴジンの行動を「反逆」と非難。プリゴジンの求愛行動を袖にして(そでにする、 ignore)2人を守ったのです。「三角関係」はプリゴジンの敗北でした。

 ただ、今回のプリゴジンの言動を見ていると、首都モスクワにもプリゴジンの支持者がいて、プリゴジンの反逆に呼応して立ち上がることを約束していたように思えます。

 ところが、モスクワの幹部たちは、次々にプーチン大統領への忠誠を誓いました。ここで万事休す(ばんじきゅうす、it's all over)。プリゴジンは、助け舟を出してくれたベラルーシのルカシェンコ大統領の仲介を受け入れて、モスクワへの進軍を中止。本人はベラルーシに逃げ込んだのです。

 これにより、ルカシェンコ大統領は、ロシア国内では解体されたワグネルの構成員たちを自国に引き入れ、ベラルーシ版の民間軍事会社として運営していくのでしょう。

 しかし、プーチン大統領にしてみれば、プリゴジンの行動は「飼い犬に手を噛まれた」ようなもの。いったんはプリゴジンの責任を追及しないかのような言い方をしましたが、このときプーチン大統領は、プリゴジンの名前を出しませんでした。ロシア情勢に詳しい佐藤優氏(さとう ゆう)によると、プーチン大統領は、「許さない」と決めた人物については名前に言及しないのだそうです。つまり、プーチン大統領は、プリゴジンを許していないのです。

 その証拠に、プーチン大統領は6月27日、ワグネルが所属するプリゴジンの企業グループの汚職を調査する考えを示しました。

 プーチン大統領は、ロシア政府がワグネルに対し、2022年5月からの1年間に862億ルーブル(約1450億円)もの大金(たいきん)を支払っていたことを明らかにし、「誰も何も盗んでいないことを期待する」と語りました。

 これは恐ろしい言葉ですね。いったんはベラルーシに逃げ込むことを許しながらも、将来的には汚職容疑で逮捕しようとしているのです。寵愛を受けていると思っても、本当に寵愛を受けているのか確かめようとするのは危険なのです。