池上彰のそこからですか!? 第572回 2023/06/02
株価上昇の3つの理由
このところ日経平均株価が急上昇。3万円台を回復し、バブル後の最高値と報じられています。そんなに日本の景気がよくなっている実感がない人も多いでしょうが、なぜ株価が上昇しているのでしょうか。そこには三つの要因が考えられます。
ひとつは中国株に投資していた海外の投資家が日本株の購入に方針を変えたからと言われています。
いまの中国は、習近平国家主席になってから、企業活動への締め付けが厳しくなっています。経済政策も共産党の思惑で急に変わってしまうことがあり、安心して投資できないというのです。アステラス製薬の社員がスパイ容疑で拘束される事件も起きました。外国の企業からすると、うっかり社員を派遣すると捕まってしまうかもしれないという恐怖があります。そんなリスクを冒すくらいならと、近くの日本への投資に切り替え、日本株を買うようになっているというのです。
2つ目の理由は、円安です。日本は日銀総裁が交代しても金融緩和の方針に変化がありません。金利が上がりませんから、日米の金利差は広がったまま。結果として円安が続いています。このためドルベースで見ると、日本の株価はとても割安(わりやす)に見えます。「優良企業の株が、こんなに安く買えるなら買っておこう」という動きが出ているのです。
そして3つ目はPBRが1倍を切る企業が、株価引き上げに必死になっているからです。東京証券取引所は今年3月、プライム市場とスタンダード市場に上場している企業に対し、「市場から高く評価されるような具体策を明らかにしろ」と要求しました。その中心は、PBRをなんとかしろということです。
さて、PBRという専門用語が登場しました。今回は、これを詳しく説明しましょう。
PBRとは、Price Book-value Ratioの略で、日本語にすると「株価純資産倍率」。その会社の株価が、会社が持っている純資産に比べて高いか低いかを判断する数値です。
まず純資産とは会社が持っている現金や証券、国債、土地などの全ての資産(財産)から、借金などを引いた額です。要は、これが会社のすべての財産です。
この数字を、その会社が発行している株の総数で割ることで、1株当たりの純資産が計算できます。これが、実際の株価と比較し、同じ数字だったらPBRは1となります。この場合、つまり株価は会社の資産の額を反映したものにすぎず、企業としての発展性に欠けると見られてしまいます。
逆に言えば1を超えていると、これから発展するだろうと見られていることになり、「市場から高く評価されている」というわけです。
こういう言い方をしても、どうしても抽象的になりますから、具体的な数字に置き換えて確認してみましょう。たとえば純資産が100億円の企業があるとします。この会社が発行している株の総数が100万株だとすると、1株当たりの純資産は、100億割る100万で1万円です。株価が1万円だったら、PBRは1になります。
株を買い占める投資家が出たら…
この会社の株価が8000円だとPBRは0.8。ということは全ての株を買い占めるのに必要な費用は80億円です。
投資家が、この会社に目をつけ、80億円で会社を丸ごと買った上で、会社を解散してしまったら、どうなるでしょうか。会社が持っている土地や国債などを売り、手元に現金を集めると、計算上は100億円の資産が残ることになりますね。つまり80億円で100億円を手に入れることができる計算になるのです。
もちろんこれは仮にの話で、実際に株を買い進めれば、株価は上がってしまいますが、それがなければ理論上は、会社を買い上げて解散した方がもうかるということになります。これでは「会社が存続していることに意味があるのか」という批判を受けても仕方がありません。
2022年7月時点でPBRが1を割っていた企業は、プライム市場とスタンダード市場に上場している約3300社のうち約1800社に上ります。
そこで東京証券取引所が「PBRが1を超えるように努力しろ」と呼びかけたのです。
では、そのために何ができるのか。もちろん企業が成長することが一番ですが、短期的には2つの方法があります。ひとつは、配当金を増やすことです。
株主の楽しみは、配当金がどれだけ受け取れるかということです。配当金が増えれば、その会社の株を買おうという人が増え、株価が上がります。会社がもうかっていれば、配当金を増やすことができますが、そうでなくても、ふだんからため込んでいる内部留保を吐き出すという方法もあります。
最近の企業は内部留保が多すぎるという批判を受けています。配当金の形で株主に還元すれば、株主から歓迎されるでしょう。
もう一つは、会社の内部留保のお金を使って「自社株買い」をすることです。これも内部留保を減らすことにつながります。
自社の株を買えば、株式市場に出回っている株の数が減りますから、需要と供給の関係で、株価は上がるというわけです。
このところ「モノ言う株主」と呼ばれる海外の投資家が増えています。PBRが低いままだと、株主総会で経営陣の交代を要求する株主提案が出てくる可能性が高まります。
この動きを見ると、かつて村上ファンドが内部留保の多い企業の株を買い占めて経営の見直しを迫るケースがあったことを思い出します。当時は、この手法が「強欲だ」と批判されたものですが、いまや時代は変わりました。それと同じことに東京証券取引所が取り組んでいるのですね。結果、景気回復の実感はなくても株価が上昇しているのです。