夜ふけのなわとび 第1818回 2023/11/17

緊急要員

 最近新聞のコラムに、

「朝ドラが新しく変わるのは、まるで新学期のよう。そしてヒロインは私のクラスメイトになる」

 と書いたことがある。

 このクラスメイトとも相性があって、大好きになるコと、ちょっとな……と思う時がある。しつこいようだが、このあいだの「ちむどんどん」村からやってきた女の子は、今まで見たことがないほど可愛気(かわいげ、かわゆげ)のないコだったなぁ……。しかし今回の「ブギウギ」のスズ子ちゃんとは、すぐに大の仲よしになった。毎朝彼女の顔を見ないと一日が始まらない。

 今、スズ子ちゃんは羽鳥先生のところで、歌のレッスンに必死だ。先生はやさしい顔をしながらとても厳しい。

「ジャズってのはもっと楽しく歌うんだ。そんなんじゃない」

 まわりの人たちも彼女を励ましているが私は不思議でたまらない。どうして羽鳥先生は彼女をダンスホールに連れていってあげないんだろう。レコード1枚聞かせてあげてもいい。勘のいい彼女のことだ、すぐにあのリズムと雰囲気を身につけるだろうに。

 いや、今日現在はそうでも、来週はスズ子のダンスホールで踊るシーンがあるかもしれない。朝ドラの展開は、時々こちらをドキッとさせるからな。

 さて私はテレビはよく見るし、芝居や歌舞伎も行く方だと思うが、映画はとんとご無沙汰している。なぜなら時間が中途半端なのと、チケットを買えばすぐに入れる、という心理がかえって映画を遠ざけてしまうのだ。

 三連休の初日、話題の映画を観ようと思いたった。スコセッシ監督の「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」、3時間26分の大作だ。こういう時、私は近所のママ友を誘う。彼女は専業主婦のうえに、お子さんも手を離れたので声をかけるといつでもオッケーしてくれるのだ。

「嬉しい。あの映画、私も観たいと思ってたの」

 しかしひとつ気がかりなことが。それはトイレ問題である。

「3時間20分なんて、トイレが近い私はとても無理」

 彼女が言えば私も、

「何年か前の“ミッション:インポッシブル”もダメだったわ。水分とらなかったのに」

 2人でいろいろ相談して、トイレに行きやすい右側の通路側をとることにした。しかし同じことを考える人はいっぱいいたみたいで、

「右側がぎっしり埋まってる」

 やがて彼女から、

「だから左側の通路側の席をとったよ。そこなら階段降りて右をつっきれば、トイレの方に出られる」

 しかし行って驚いた。左側の通路のいちばん上ではないか。階段がすごく長い。

「ヤダ、私、暗い中の階段苦手なのよ。もし落ちたらどうしようかと思うと体が震えるの」

 トイレを我慢するために、ポップコーンと共に買ったコーヒーも、

「利尿作用がある」

 という忠告の下、飲まないようにした。

 そして長ーい映画が始まったのであるが、さすがスコセッシ監督、淡々とした描写ながらどんどんひき込まれていく。最後のエンドロールも余裕で途中まで見ることが出来た。7時からの回なので、帰りは11時近い。

「やっぱりね、いい映画はいいよねー」

 帰りのタクシーの中、2人で口々(くちぐち)に言う。帰るところが、2軒しか離れていない、というのは何ていいんだろう。さっと行ってさっと帰れるのである。

「日曜日は歌舞伎行くんだ。仁左衛門(にざえもん)さんが出るんで、すっごく楽しみにしているの」

「朝ドラになるわ」

 しかしなぜか私の場合、歌舞伎の直前に急用が入ることになっている。何度チケットを人に譲ったことであろう。その日もそうであった。

 一緒に行くはずだった友人に前日LINEをする。

「ごめんなさい。誰か友だちと行ってくれないかしら」

「そんなこと急に言われても。友だちもみんな予定あるよ」

 とちょっとムッとしたようであるが、お姉さんを誘ったという。こういう時の“緊急要員”は誰しもが持っているものであるが、彼女の場合はお姉さん、私の場合は近所のママ友なのだ。

 ついこのあいだのこと、3駅離れた和食屋さんに夫と行くことにした。駅まで行きかけたら向こうからタクシーがやってきた。手を挙げてそれに乗ったら、夫がぶつぶつ。

「どうして電車に乗らないんだ、ここまで来て」

「私は今、ヒトサマからジロジロ見られる身の上。マスクをしていても電車には出来るだけ乗りたくないの」

「いつも行きあたりバッタリなんだよ」

「タクシー来たから乗って、何が行きあたりバッタリなの!?」

 といつものように口喧嘩が始まったら、夫は「もういい!」と怒り、タクシーを降りて、どこか別の方向へ足早に行ってしまった。

 さて、困った。カウンターには2人分の用意がされているはずである。こういう時に頼るのは、あのママ友なのだ。すぐに、どんな時でもすっとんできてくれる。好奇心にとんでいて食べることが大好き。しかも彼女のダンナさんは留守がちのうえ、料理は自分でつくる。おいしい店の名を言えばすぐに来てくれるはず……。

 しかしどういうわけか電話に出ない。こうなったら秘書に頼むか……。舗道に立ち途方にくれていたら、夫から電話が。

「どうしたの、店の前にいるよ」

 腸が煮えくり返りそう(はらわたがにえくりかえりそう)であるが、一先ず(ひとまず)胸をなだめそしらぬ顔をして2人でご飯……。

 結局歌舞伎のチケットは、私が近くの喫茶店まで持っていった。お姉さんも加わり3人でしばらくお喋り。いろいろな愚痴を聞いてもらう。友人いわく、

「すごいわね、マリコさんのことはきっと朝ドラになるわ」

 みんなで笑った。