夜ふけのなわとび 第1812回 2023/09/29
モンゴルがいっぱい
みんなが言うので、私も同じことを書きたくないのであるが、TBSドラマ『VIVANT』が終わってしまい、日曜日の楽しみがなくなってしまった。
最初はスルーしようと思った。なぜならあまりにも忙しく、日曜日の夜はやり残した仕事や家事をしなくてはならない。が、まわりの人たちが、
「すごく面白い」
と口々に言うので、見ないと話題についていけなくなってきた。口惜しいので、初めてTVerなるものをインストールした。
そして1話を見たのであるが、まるで映画を1本観たような濃密さ、迫力。興奮して2話、3話と半徹夜となった。
ロケ地に使われるモンゴル平原の素晴らしさ。どこまでも続く砂漠の広さ。私は二十数年前に行った、かの地を思い出した。モンゴルに行った人はなかなかいないであろう。私も友人に強く誘われなかったら、おそらく一生無縁だった。
「ウランバートルに、素晴らしいオぺラ劇場がある。戦後日本人捕虜が建てたんだ。そこでオぺラ聞いて、あとは砂漠行って遊ぼう」
と三枝成彰さんが団長となり、仲間4人で行った。ちなみに女性は私だけであった。
当時のことは、もちろんこの連載に2回くらい続けて書いたので、くどくど言うのはよそう。ゲルに泊まったり、ラクダに乗ったりしてとても楽しい旅であった。
ウランバートルの街に、一軒の日本料理屋さんがあり、北朝鮮出身の夫婦が経営していたので三枝さんは大喜び。
「北朝鮮の人たちが日本食つくるのかー」
と感心し、道端で会った日本人留学生を何人も店に誘った。
肝心のオペラであるが、かなりレベルが高い。歌手たちはロシアに行って勉強してくるんだそうだ。
つい最近のことであるが、ローマ歌劇場の日本公演『椿姫』を観に行った。主役の2人も素晴らしかったが、休憩の時に話題になったのは、ジェルモン役のバリトン歌手である。あの有名なアリア『プロヴァンスの海と陸』を歌う、アルフレードのお父さん役だ。
これを演じたのは、アマルトゥブシン・エンクバートさんと言って、世界的に有名なモンゴルの歌手。私も初めて聞いたのであるが、すごい声量であった。
「ラグビーの稲垣選手によく似てるね」
と私が言ったら、
「そう言えば」
と音楽に詳しい友人。
「昔、ハヤシさん、モンゴルに行ってオペラを観たこと、週刊文春に書いたよね」
「書いた、書いた」
モンゴル人の歌手たちは、モンゴル語でオぺラを歌うことも。
「それで『トスカ』を観て、板東英二さんそっくりのカバラドッシが、『星は光りぬ』をモンゴル語で歌う、って書いてあって、僕は何年たってもあの箇所をずっと憶えてるよ」
そして今回の『椿姫』を観て、またそのことが呼び起こされたらしい。私の書いた文章を、それほど長く記憶にとどめてくれていたのは本当に嬉しい。 次作はあの国で
ニュースを見ていたら、国連総会に参加するためニューヨークを訪れた岸田さんが、モンゴルの大統領と握手していた。なんでも、日本の立場を支持すると言ったらしい。「VIVANT外交」という見出しをつけたスポーツ紙もあった。
そういえばこのドラマ放映前から、東京エレクトロンという半導体の会社が、モンゴルをロケ地に、ずっとCMを流していた。
歌いながら水を汲みに行く遊牧民の少女たち。そこに凜々しい少年が馬に乗ってやってくる。
「〇〇のお兄さんだって」
そこでひとめ惚れする2人。そしてゲルの中で、少女は少年にパソコンでラブレターを送る……というあのCMが私は大好き。私の中で既に“モンゴル”熱は始まっていたのである。
それなのに私は、ブータンとモンゴルをよく間違える。たぶん民族衣装がよく似ているからであろう。
そこに降ってわいたようなマツタケの話題。
今年は雨が少なくて、国産のマツタケは大変な不作だという。そこでブータン産マツタケの登場とテレビで言っていた。ブータン産は見た目も味も、国産と遜色ないそうだ。
「ブータン産のマツタケかァ……」
世界一幸福な国のキノコ。なんとなくおいしそうではないか。北朝鮮産のマツタケよりずっといい。別にあちらのマツタケの品質がどうということではなく、食糧難にあえぐ人たちが、外貨獲得のために、隣国の富める人たちの贅沢な食材を探す構造が嫌。空腹をかかえた人たちが、深い山中に入り込んで見つけてくれたものかと思うと、あまり食欲がわかない。
ところが今、北朝鮮の輸出の目玉といえばマツタケなんかではない。カツラだという。なんと中国への輸出品目1位というから驚きだ。新聞に写真が出ていてぞっとした。パーマっ気もない真黒な髪。北朝鮮の女性たちが、どんな気持ちで髪を売ったのか。プーチンと談笑しているかの国のトップへの怒りと相まって、そのカツラを見るのは本当につらい……。
モンゴルの話がブータン、そして北朝鮮になってしまった。北朝鮮が少しでもマトモになり、世界の人たちとつき合えるようになることを祈るばかりである。国土を映画やテレビのロケ地に開放すれば、人気が出ることは間違いない。マツタケやカツラよりも、はるかに多い外貨をもたらすだろうと私は思う。『愛の不時着』も、ぜひ北朝鮮版をつくって欲しいものだ。『VIVANT』の次シリーズも、ぜひあそこで撮って欲しいなあ。