夜ふけのなわとび 第1824回 林 真理子 2023/12/28

結成しました

 山梨に引越した人が、まず驚くことがある。前にもお話ししたが、それは“無尽”についてである。

 車で通っただけでもわかると思うが、街のいたるところに看板が出ている。

「宴会、無尽にどうぞ」

 宴会と無尽とは違うのか、実態は果たして何なのかと私もよく聞かれる。無尽というのは、日本中ふつうにあるものだと思っていたがどうも違うらしい。

 庶民の銀行というべきものか。1ヶ月に1度ぐらい集って飲み喰いをする。その時5000円とか1万円を出してお金を積んでいく。そのうち、

「子どもが大学入るから」

「車を買いたい」

 などとちょっとしたお金が欲しい人が、そのお金をいったん借りる。そして無利子か(むりしか)ちょびっとつけるかするのだ。万が一返さないようなことがあると、その人は土地から永久追放という掟(おきて)がある……。

 というのは、半世紀以上前、私が子どもの頃の話で、今では銀行の役目よりも親睦(しんぼく)のためになっているらしい。みんなでお金を貯めて旅行資金にするのが一般的だという。

 私の同級生など、働き盛りの頃は5つ、6つ入っていた。帰郷した時、何人かで鮨屋(山梨県人は異様にお鮨が好き)とか、ちょっとした料理屋さんに集まろうものなら、必ず誰かが無尽という名の宴会をしている。たいていは顔見知りで、高校の同窓生。

「おまんとう(お前たち)何年卒だ。よしよし、ビールでも飲め」

 ということになるのである。

 仲よきことは美しき哉。

 大人になっても、みんなでご飯を食べる。なんか気が合ってすごく楽しいひととき。すると誰かが言う。

「このメンバーで定期的に会おう」

「いいですねー」

 ということになり、〇〇の会とかが出来上がる。そういうのが5つ6つある。会うのは3ヶ月に1度ぐらいであるが、5つもあるとかなり忙しい。それに突発的な食事会が加わるのだ。

 コロナや私のこの一連のゴタゴタで、そういう食事会がなりをひそめていたのであるが、この頃また始まった。それにまた新しい会が加わる。

 ひとつは「ロッテンマイヤーさんの会」という名称である。あの「アルプスの少女ハイジ」に出てくる、おっかない教育係からとった。男性に全く興味がなくなった女3人で結成した。寄ると触ると、

「不倫をするなんてふしだら」

「女優の誰それは許せない」

 と世の中に憤る(いきどおる)。私以外は独身の50代。

 このあいだこの会で、金沢(かなざわ)にお鮨を日帰りで食べに行った。もう食べることしか関心がないのだ。

「でもね」

 私はそのうちの1人に言った。

「私たち、10年ぐらい前まで“魔性の会”をつくってたじゃないの」

「そうだったよね」

 それは彼女と女優川島なお美さんの3人で集まったもの。川島さんは当然その名称をもらえるとしても、私たち2人は自称を名乗り図々しく便乗したのである。

 どういう会かというと、お金持ちのおじさんに、おごってもらおうという趣旨であった。つまり川島さんの魅力によって、私たち2人がいいめにあおうとするもの。

 しかし川島さんは正直な人で、おじさんの話がつまらないと平気で居眠りをしたりする。私と友人で盛り上げようと必死であった。

 今でもテーブルに肘をついて、こっくりやっている川島さんの可愛らしい寝顔を思い出す……。

団菊ババアの会

 これはもう何年も前のことになるが、赤坂のそこそこのお料理屋さんに行った。途中トイレに行き、帰りぎわ左の戸を開けなくてはいけないところ、間違って右の戸を開けてしまった。

「あれー!」

 びっくりだ。仲よしの女性が、おじさん2人とご飯を食べているところであった。

「マリコさんもおいでよ」

 幸いなことに、左の部屋の男性、私たちの連れは、

「会社で緊急事態が起こって」

 とデザートも待たずに帰ってしまったので、私と残された友人女性2人で、右の部屋に移動した。そしてわかった。

「こっちは蟹の脚が2本出ている」

 私たちの方は1本だったのに……。まあ、そんなことはどうでもいいとして、その夜、宴は遅くまで続き、私は初対面の男性と蟹の脚を食べた。そして帰りしなに、

「またこうして集まりましょう」

 ということになり「〇〇の会」と名づけられ、これは今も続いている。女性3人、男性2人という構成だ。コロナや、男性たちの運命にいろんなことがあり、ちょっとお休みしていたのであるが、新年会にて復活しようということになっている。

 そして先日のこと、女友だちと2人で久しぶりに歌舞伎座に行った。

「面白いは面白いけど、こういうのってどうよ」

 と彼女が帰りに寄ったおそば屋さんでつぶやく。

「なんか歌舞伎じゃないような気がする」

「まあ、いつも誰かが新しい歌舞伎を模索しているんだし」

「それでも、勘三郎さんはよかったよね。新しさの加減が、ちゃんと古典を大切にしていたもの」

「あぁ、懐かしいなあ。勘三郎さんと三津五郎さんがやってた新作」

「こういうのを、団菊ババアというらしいよ」

 と私。本当は団菊ジジイと言うらしいが、昔の団十郎はよかった、菊五郎は素晴らしかったという通の年寄りのことだ。

「まあ、私たちはまだそのレベルじゃないけど」

 そうしたら彼女から今日LINEが。

「団菊ババアの会を結成して、女6人で京都の顔見世に来てます」

 行動が早い。


「無尽」とは、古くは互助扶助の民間金融制度だったものが、いつしか「飲み会」や「旅行」など、エンタメ性の高いものに変わっていきました。現在でもあちこちでたくさんの「無尽」が行われています。

たくさんの友人がいると、毎月何本も「無尽」をかけ持つ人もいます。それぞれの無尽のスタイルがあり、飲み会であったり、食事を楽しむ会であったり、お金を積み立てて旅行に行ったり、数年に一度の秘密のボーナスのためにコツコツお金を積み立てる無尽もあります。

すべての無尽に共通することは、気の合う仲間と美味しいお酒や料理を楽しむことです。たくさん食べて、飲んで、話して、ストレス発散できるのが「無尽」なのです。