夜ふけのなわとび 第1820回 林 真理子 2023/12/01
羽生クンたら
私も今、ヒトさまからいろいろ言われている立場なので、ヒトさまのことをあれこれ書くのはむずかしい。
ひと‐さま【人様】 (「他人様」とも書く)他人の尊敬語。
しかし言わずにはいられないのである。
羽生クン(はぶくん)の離婚っておかしくないですか?
彼のような超有名人が、結婚するというのは大変なことであったろう。熱狂的なファンもいっぱいいる。どんな人と結婚してもあれこれ言われるのはわかっている。いまはこんなネット社会だ。たとえ一般人だとしても、あることないこと、書かれるのは予想出来る。だからといって……。
話は変わるようであるが、私は「週刊新潮」の「結婚」欄が大好きだった。ちょっと前まではセレブや、芸能人以外の有名人の結婚話が書かれていたものだ。この私も3回ほどネタを提供したことがある。
知り合いのオーナー企業の社長や、老舗の後継ぎなどもみんなこのページの取材を受けたという。一種の社交欄であった。が、今は聞いたことのないプロゴルファー(Professional golfer)とかお笑い芸人といった人ばかり。かなり方向が違ってきた。
「もうあそこに出よう、というセレブの方はいなくなりましたね」
と関係する編集者は言ったものだ。
「こんな世の中ですから、結婚する2人に、何かネット被害が出ないとも限りません。花嫁になる人について、昔は結構遊んでた、とか、誰とつき合ってた、なんて書かれたら目もあてられませんからね」
羽生クンもそのことがわかっていたから、相手の女性を詳しく言わず一般人ということにしたのであろう。一般人……。曖昧な言葉である。普通の女性、という意味であろうが、少しでもテレビや舞台に出ると、この呼称はいただけないことになっている。
何年か前、超有名タレントさんが、“一般人”との結婚を発表したが、「元お天気お姉さん」ではないかと一部のマスコミが騒ぎ出した。が、ちょっと我慢すれば、そんな騒ぎはすぐに終わる。そのタレントさんはあれこれ反論することもなく、淡々と奥さんを守ったのである。
羽生クンがご結婚すると聞いた時、私はある危惧を抱いたものだ。
「あのナルシスト(自己愛)の方が、本当に結婚なんか出来るんだろうか」
ナルシスト、という言葉を使うと、ファンの方に怒られそうであるが、そうだからこそあれだけの偉業を成しとげられたのだと私は考えている。自分をすごい存在と思い、多くの人たちから渇仰(かつごう)されているスーパースター。ナルシズムとは、とことん自分を信じることだ。
私だけではない。先週の本誌でも精神科医の方がおっしゃっているではないか。
「お相手よりご自身や肉親を優先した印象を受ける。自己イメージの失墜を過度に恐れる『過剰警戒型のナルシシスト』とも言えます」
確かに年上の元バイオリニスト、と聞いてからマスコミはかなり意地悪になった。失礼ながら、自分ひとりで有名コンサートホールをいっぱいにするレベルの方ではないらしい、というようなことをにおわせながら。
「貴賓席(きひんせき)に年上妻降臨か」
と書いた女性週刊誌もあった。
結婚とは
こうしたことが羽生クンには我慢出来なかったに違いない。愛する人をケナされたら(貶されたら)、それはまっすぐ自分をケナされたことだ、と思ったのであろう。確かにマスコミはいけない。何も悪いことをしていない相手の女性を、(persistent)書き始めたのである。
が、だからといって即、その「ケチがついたもの」を切り離すというのは私は間違っていると思う。どんなことをしても守り抜いて、2人で幸せにならなくてはならないのだ。
加トちゃんの若い奥さんの例を見てほしい。結婚したては「金めあて」だとか「脂っこいものばかり食べさせる」と、あまりの書きようであった。が、加トちゃんは奥さんを最高の女性と言い続け、マスコミから庇った(かばった)。そして奥さんは介護の資格もとり、今では素晴らしい伴侶(はんりょ)ということになっているのである。
また羽生クンや加トちゃんのようなスターの方々の後に、自分のことを言うのはナンであるが、私の結婚の時も、さんざんマスコミからイヤなことをされた。当時はネットとかそういうものがなかったけれど、わざわざ夫の家に電話をかけてくる人だっていたらしい。
当時は一般人は実名を出さない、というルールがなく、サラリーマンの夫も、突然混乱の中に陥ったのである。が、夫はそれに耐え、ちゃんと結婚までこぎつけた。
今日、私がどんなイヤなめにあっても、別れるのをなんとか思いとどまっているのは、その時の夫の態度を忘れないからである。
ところで今日、ラグビーの早慶戦があった。いつものようにフジハラ君から誘いが。
「休日だし応援に行こうよ。終った後、20人ぐらいで祝賀会もあるよ」
私はいろいろ用事があったのであるが、フジハラ君はこうつけ加える。
「ハヤシが来るなら、あいつも呼んどくよ。飲み会だけ来たら」
その人のことを憶えておいでだろうか。今はサンパウロに住んでいる、高校時代の私の憧れの人である。サッカー部で活躍していてしかも秀才。その彼が一時帰国しているというのである。そんなわけで六本木の中華料理屋さんに。37年ぶりに会った彼は、すっかりシニアになっていたが、端整な顔立ちはそのまま。背筋もぴしっと伸びている。フジハラ君がひとりひとりのスピーチの際、
「ハヤシにコクられたか言え」
としつこかったが、それは品よくスルー。
もし再会後、あれこれ芽生えたら迷惑をかけていたかもしれないという妄想は、ほんのかすかにわき、すぐに消えた。